落陽の彼方
「ここまでか…」
夢の中で聞こえた声に、高杉は耳を傾ける。
「これ以上は死者を増やすだけだ。戦況は悪化の一途を辿っている。もう仲間も数えるほどしか残っていない…」
――何のことだ…?
高杉は夢から抜け出そうと必死に現実の糸を手繰り寄せようとした。
なのに、体は鉛のように重く軋むような鈍痛を訴えている。
特に顔面は燃えるように熱く感じた。息が乱れ、額から不快な汗がじわりと噴出し幾度も零れ落ちる。
「潮時か…」
別の低い声が絞るように吐き出された。
潮時とはどういう事だ? 渦巻く怒涛の疑問は直ぐにでも問い出したくなる。
「う……っ」
無理矢理体を動かそうとした時、あまりの激痛に思わず短い呻きが漏れた。
「高杉!」
暗闇で自分を呼ぶ桂の声が聞こえる。
光を求めているのに何故か目が開かない。
「高杉! 大丈夫か?」
心配そうに気遣いながら体を起してくれた。
「あ……」
漸く光が届いた。しかしそれは片方だけだと気付くのに数秒を要した。
目の前には辛辣そうに顔を歪めた桂と、その奥に少し離れて銀時が座っていた。
どこかの寺にでも匿ってもらったのだろうか。
殺風景な畳間は自分だけが布団に寝かされており、二人はくたびれた着流しを着ていた。
「まだ休んでいた方がいい。目は…」
繋がれようとした言葉は躊躇われて語尾を失う。
「目…。俺は……」
そうだ。この眼球の奥で脈打つ鋭い痛みは斬られた時のものだったと思い出す。
「体の傷は思ったより浅い。でも怪我の影響で熱がある。だから…」
「鬼兵隊はッ?!」
突然思い出して高杉は叫んだ。
「……」
桂も銀時も、目を逸らし暗鬱に沈黙する。
「何で何も言わねえ? おい…!」
「全滅したよ」
銀時の声に、高杉は大きく目を見開いた。
銀時今は…と、桂が苦々しい顔を浮かべて銀時の言葉を阻もうとした。
「全…滅…?」
声に出した時、不思議と一気に現実感が増した。
「残ったのはお前だけだ。鬼兵隊の連中が先陣切って突っ込んだ。お前を連れて逃げろ、守ってくれと言い残して…」
「ふ…フザケんなッ!」
これ以上ないほどの大声を張り上げ、高杉は何かに向かって激昂する。
「高杉、もう退却するしかあるまい」
桂の声に高杉が驚いて振り返る。
「元々負け戦だったのは最初から分かっていた事だろ」
「銀時てめえ…!」
怒り過ぎて頭が痛い。体が節々で悲鳴を上げているのを忘れるほどに、高杉は眼を剥いて睨みつけた。
「戦場の仲間は天人に捕まり幕府に粛清された。士気も下がっている。これ以上足掻いたところで犠牲者を増やすだけだ」
「俺たちだけ逃げんのかッ?!」
「一旦退却すると言っているのだ。攘夷のプライドは捨てていない」
「死期が延びただけじゃねえか! ヅラ、てめえ土壇場になって死ぬのが怖くなったか? てめえそれでも侍か!」
「死を追うことが侍の道じゃない! そう教えてくれたのは松陽先生だっただろう?!」
溜まらず桂が怒鳴った。
松陽の名に、場の空気が一気に硬直する。
暫くの沈黙の後、高杉が行き場をなくした拳を畳に叩き付けた。
「畜生…っ」
「高杉…」
宥める言葉も思いつかず、共に悲痛に顔を顰めている桂に対し、銀時は一人険しい顔で二人をじっと見詰めていた。
「何処に行く気だ」
まだ朝日も昇らない薄暗い明け方、草履を足の指に突っかけた高杉を背後から誰かが呼び止めた。
振り返ると、夜の闇にも映える銀髪が飛び込んでくる。
「…すぐ戻る」
「まだ体も万全じゃないだろ。まさかこのまま一人で戦場に突っ込む気か」
「このナリがそう見えるか? 俺もそこまで馬鹿じゃない」
高杉は鼻で笑うと持っていた笠を頭に被り顎に紐を巻き結ぶ。
「片目じゃ夜目も利くめえよ。俺も行く」
「いらねえ」
ぴしりと言い放ち高杉は戸を開け外へと足を踏み出す。
その数歩後ろを、銀時が同じ歩調でついてきた。
「ついて来んな」
「早起きの散歩だよ」
「いつもは寝汚いくせに。ヅラが心配するぞ。帰れ」
「だから散歩だっつってんだろうがよ」
高杉は呆れて溜息を吐くと、これ以上は何も言わず黙って歩き続けた。
東の空から白々と夜が明けて行く頃、二人は小さな村に辿りついた。
早朝なのであまり人は見当たらないが、既に何人かの百姓は畑仕事を始めている。
「あんたら攘夷浪士かい」
鍬を持った中年の男が、畑の中から不機嫌そうに声をかけてきた。
「いや違う。ただの旅人だよ」
銀時が飄々と答えると、百姓は「そうかい」とほっとしたように破顔した。
「最近近くで戦があってねえ。わしらの村まで飛び火してこないかとヒヤヒヤしてたんだ」
男の言葉に、銀時と高杉の目が僅かに眇められる。
「幕府がそこの川原に晒し首まで置いて行きやがった。気味が悪いから行かない方がいいよ」
「そうかい。お気遣いありがとよ」
銀時は男に軽く手を上げ、再び歩を進める。
前を歩く高杉の足が急くように速まっていた。
百姓の言う通り、川原の辺には白木の台に乗せられた無数の首が据えられ、無秩序に並んでいた。
高杉はゆっくりとその台へと近付き、首だけになった顔を一つ一つ見つめていた。
その後ろに佇んでいた銀時も、苦渋の表情を浮かべ首を眺める。見覚えのある顔ばかりだった。
どれくらいそうしていたのだろう。
朝日が昇り始め、オレンジ色の陽光があたり一面に射し込んで来たのをきっかけに、銀時ははっと目を上げた。
「高杉」
一向に動こうとしない高杉の背中に、銀時が声をかける。
「ぶっ壊してやる…」
ようやっと口を開いた高杉から出たのは、そんな言葉だった。
「…帰ろう」
これ以上いても無意味だ。それでも梃でも動こうとしない高杉に焦がれ、銀時は無理矢理高杉の手首を捕まえると踵を返し歩き出した。
無気力になった高杉は思いの他抵抗も無く銀時に手を引かれるまま歩いていた。
無気力というより、空虚からなる感情なのだろう。しかし何も言わずとも胸の内から湧き上がる怒りは容易に想像ついた。
銀時たちは村を出て、元来た道を無言で突き進む。
お互い何も言わず、目も合わせず黙って歩き続ける。
その時、背後にいた高杉が石に躓き体制を崩した。
驚いた銀時がすぐに身を翻し高杉を支える。
笠で顔は見えないが、覆い被さった高杉の体は思ったよりずっと小さくなったように感じた。
「大丈夫か?」
「ああ」
高杉が初めて銀時の手から逃れ、一人で歩き出した。
「高杉」
「全員、鬼兵隊だった」
ぴくりと目を上げ、銀時は息を呑んだ。
「何で俺だけ生きてるんだ」
「…隊は大将のタマ取ったら終いだ。だからお前だけは生きてて欲しかったんだよ」
「俺は生き残るために軍を率いていた訳じゃない」
「そんなの皆知ってる」
「これからどうすればいい」
「戦は終わった。仲間の分まで生きるんだよ」
「何も終わってねえ!!」
高杉が怒声を上げたその時、山の麓からゴロゴロと雷の音が響いた。
いつの間にか朝日が陰鬱とした濁った雲に覆われようとしている。銀時は空を仰ぎ見て眉を顰めた。
「…こりゃひと雨来るな」
山の天気は変わりやすい。雲は速い速度で空を灰色に染めてゆく。
桂たちのいる寺まで後一時間はかかる。躊躇している間もなく、雨がぽつりぽつりと銀時たちの顔に落ちてきた。
「向こうに納屋があった。そこで少し雨宿りしよう」
返事を待つでもなく、銀時は再び高杉の手を引っ張ると横道に入っていった。
雨が激しさを増して来た時、飛び込むようにして二人は納屋に駆け込んだ。
「ふう…やれやれ」
建てつけの悪い戸を無理矢理閉め、銀時は先に押し込めた高杉を振り返る。
高杉は濡れた笠を剥ぎ取りそこらに放り投げると、疲れたように近くの藁の上に腰掛けた。
顔を膝の間に埋めて項垂れる高杉を銀時は暫く見つめていたが、後には自分も同じようにその横へと腰を下ろした。
埃だらけの朽ちた床には錆びた鍬や鋤等の農具が転がっており、訳の分からないガラクタが雑然と積まれていた。納屋と呼ぶより廃墟と呼ぶ方が相応しい。空気も湿っぽくもうかなり放置されていると思われる。単純に使われていないか、はたまた戦場に狩り出された主を失ったか。
「寒くないか…?」
そっと訊ねるが高杉からの返事はない。
だがよく見ると高杉の肩は小刻みに震えていた。寒さからなる震えなのかも知れないが、泣いているようにも見えた。
「着物脱いだ方がいい。お前最近まで熱出してたじゃねえか。ぶり返すぞ」
高杉の着物に手をかけようとして「触るな」と拒まれる。
思わずむかっとした銀時は高杉の肩を引き寄せそのまま抱き締めた。
「テメエ触るなって言って…っ」
「脱いだら離してやるよ。こんなに冷えてんじゃねえか」
「わ、分かったから」
高杉は忌々しそうに自分の着物の襟を引っ掴むと肩から落とし半裸になる。
それを見届けた後、銀時も習うように自分の着物を腰まで脱いだ。
ぺたりと濡れた着物を剥いで少しは気分良くなったが、やはり冷たくなった肌は寒さに鳥肌を立てたる。
高杉を見遣るとやはり震えていた。
ただでさえ小柄で貧相な体は悲壮感さえ漂わせている。
溜まらず抱きつくと、案の定高杉の罵声が飛んだ。
「銀時! オイ!」
「寒いんだよ。くっついてれば少しは暖かくなるだろ」
言われた高杉も納得したのか抵抗するのが面倒になったのか、後には諦めたように深く息を吐いて弛緩した。
次第に、高杉を抱く腕が強くなる。苦しくなり「銀時」と高杉が声をかけると絞るような低音が耳元を擽った。
「もしかすると…あそこに並んでいた首は俺たちだったかも知れないんだよな…」
「……」
「俺たち…そんなに間違ってたことやってたのかな…」
「…分かんねえ」
答えた高杉の声が小刻みに震えている。
銀時は少し体を離すと高杉の顔を見下ろした。
「高杉…」
涙こそ零してはいないが、潤んだ隻眼は怒りと悲しみに満ちていた。
「…勿体ねえな」
「あ?」
「お前の目、猫みたいで好きだったのに」
ああ、と高杉がいきなり飛んでしまった話に拍子抜けして目を逸らす。
すると包帯越しに銀時が口付けてきた。
「何やってる」
「おまじないだよ。治らないかなって」
「いいよ、もう」
「本当に見えねえのか?」
「ああ。でも…」
これでいい、と高杉が目を伏せた。
「これは戒めだ。あいつらを死なせた報いを、これからもこの眼と共に背負って生きて行くさ」
生きると言う言葉にほっとした銀時は、口端を吊り上げ高杉の濡れた黒髪を掻き分けて真っ直ぐ目を見据えた。
「そうだよ、生きろ。これがあいつらの供養になるさ」
すると、不意に高杉の目から涙が零れ落ちた。
思わぬ事態に驚いた銀時はおろおろとなり、どうしていいか分からずまた再び高杉を抱き締めた。
「な、泣くなよ」
「泣いてねえ…っ」
強がる高杉の声は涙で掠れている。
「泣いてるだろっ」
「これは雨だ。雨で濡れて…っ」
どれ、と銀時が顎を掴んで高杉を上向かせた。
「…本当だ。雨でグショグショだな」
明らかに目から溢れている涙を、銀時が笑って指で拭った。
そしてそのまま唇を寄せ目尻を舌先で舐める。
「何してんだ。汚ねえな」
嫌がる高杉を無視し、そのまま座っていた藁の上に押し倒した。
「銀時…?」
暗い室内では銀時の表情が見えず、高杉は怪訝に眉根を寄せて問いかける。
するとその声を阻むかのように突然唇が覆い被さった。
「――ッ!んん…!」
開けた口腔に熱い舌が絡んでくる。
何が何だか分からず、銀時を押し退けようと高杉は躍起になって暴れた。
「ぎ…っ、おい!」
やっと離れた唇は今度は首筋を這い出した。指は胸を弄り突起をグリグリと捏ね繰り回す。
「あ、んぁ……っ」
甘い声と共にびくりと高杉の体が跳ねた。
冷たかった肌は次第に熱く火照りを帯びてくる。
「やめ…銀時…っ!」
しかし高杉の抗議の声はまるで届かず、銀時は黙って力任せに高杉を嬲り始めた。
「ひ…っ!」
着物の裾を乱暴に割られ、下穿きの上からぎゅっと握り込まれた。
本気を悟った高杉は瞬時青くなり、今度こそ銀時から逃げようと足をばたつかせて暴れまくる。背中の藁が四方八方に飛び散った。
「てめえ銀時! 殺すぞコラァ!」
すると強い力で高杉の手を引き寄せ、銀時は自分の股間に手を置かせた。
「――っ!」
熱い男の欲望が大きく張り詰めている。
自分とは形も大きさも違う魂は、男の象徴をまざまざと見せつけられているようで高杉はゴクリと唾を飲み込んだ。
恐る恐る顔を上げると、銀時の欲に満ちた赤い眼とかち合う。
息が乱れ、強い眼差しは快楽を欲しているただの獣に見えた。
やがて、高杉は置いていた手をゆっくりと動かし始めた。
ぴくりと銀時の体が反応し、そのまま自分も高杉の前を押し開いて直に握り込んだ。
そのまま二人は相手のそれを扱き始める。
目を合わせたまま、何の言葉も交わさずに、ただ互いの欲を吐き出すために手を動かし続けた。
「…うっ!」
先にイッたのは高杉だった。しかし銀時は扱く手を止めない。
「あ…ぎ、ん…っ」
「高杉」
銀時が初めて声を発し、そのまま唇を重ねてきた。
「ん…ふ……」
互いに舌を絡ませ、呼吸も苦しいくらい貪り合う。
銀時の手が高杉の尻に移動し、思わぬ所に指を立ててきた。
「あ…ッ!」
先程放出した高杉の滑りで思ったよりすんなりと入ったものの、やはり中はきつく進入を拒むように吸い付いてくる。
「やだ…銀、と…」
涙声で訴えてくる高杉が不謹慎にも可愛くて、銀時は溜まらず高杉の耳に齧りつき耳中に舌を這わせた。
「はあ…あ…く……」
クチュクチュと淫猥な音が聞こえてくる。それが耳を犯す音なのか下肢からの音なのかもう分からなくなっていた。
「高杉…高杉…」
壊れたテープレコーダーのように高杉の名を繰り返し、銀時は指を引っこ抜くと膨張して震えている自身をあてがった。
ぎくりとした高杉は思わず逃げ腰になるが、尻を捕まえられ容赦なく挿入された。
「い……ッ!」
あまりの痛みに目端から涙が伝い落ちる。
メキメキと骨が砕けるような音がした気がして、高杉はこれ以上は無理だと銀時の胸を強く突っ撥ねようとした。
「悪い…高杉…ごめん……」
口では謝っているが挿入は益々深くなる。高杉は顎を仰け反らせて歯を力いっぱい噛み締めた。
「はあ…はあ……」
やっと止まった動きに、全部が埋まったことを確信する。
睨みつける高杉の目尻に唇を寄せ、涙を拭うと、銀時が嬉しそうに微笑んで髪を撫でてきた。
「大丈夫?」
「大丈夫の訳ねーだろ…」
「動いていい?」
「人の話聞いてんのか」
次の瞬間、ぐいっと銀時の腰が揺らめいた。
「う、うぁ…ッ、ひ…」
痛みだけの喘ぎでも、銀時には十分な興奮になった。
小さい頃からずっと見てきた高杉が、こんな声で、こんな顔で――。
ずっと一緒だったはずなのに知らなかった。
そして自分の中にこんなにも嗜虐的な部分があったのかと。
いや、気付かないふりをしてきたのだ。高杉に対する性的欲求も、昔からずっと頭の奥深くに根付いていた感情も、全て錯覚だと自分を騙し続けてきたのだ。
「晋…す、け…」
「あっ、あっ……」
がくがくと揺さぶられる高杉は、抵抗する術を忘れたように呼吸を荒げ、行き場のなくなった手は藁を掴んでいる。
「晋助…すげーよ…」
銀時とて性には貪欲な方だ。数々の女と寝てきたが、感情が入ったセックスがこんなにも気持ちよく興奮するものだとは今の今まで知らなかった。
相手が男だろうが、関係ない。
「晋助…お前も気持ち良くなれよ」
高杉の前を握り直し、銀時は動くリズムに合わせて再び扱き始めた。
「あぁ…! だ、ダメだ…ッ」
「何が駄目なんだよ」
「イク……!」
高杉の声にドクン、と何かが弾けた。
気付けば手中に高杉の飛沫を受け止め、自らも放出された白濁が高杉の中へと勢いよく飛び散っていた。
「く…う……」
震えながら抜き取り、大きく息を切らして真下にいる高杉をそっと盗み見る。
高杉も息を乱してはいたが、とろんとした目で銀時を見ていた。
「ごめん…」
「死ね…」
そのまま、誘われるように唇を重ねた。
あれからどれくらい経っただろう。
二人は何も口も利かず、古臭い藁に寝そべったままぼんやりと天井を眺めていた。雨の音だけが世界を占めていたが、その音がいつの間にか無くなっていた事に漸く気付いたのは高杉が先だった。
「雨…止んだな」
「ああ…」
「銀時、頼みがある」
そう言って高杉が体を起し、乱れた着物を纏い始めた。
「頼み?」
習って銀時も身を起すと、高杉が徐に振り返った。
「体許してやったんだ。今度はお前が俺の言うこと聞け」
目を眇めて微笑む高杉に、銀時は思わず赤面した。
高杉に連れて来られたのは、朝方行って来たばかりのあの農村だった。
引き返した川原で何をするかと思えば、風呂敷を広げ、生首達を全部風呂敷に包み込んでそれを銀時に持たせる。
高杉たちの奇怪な行動に、道行く村人が遠巻きで怪訝そうに振り返るが、面倒に巻き込まれるのを恐れてか誰一人声をかける者はおらず、皆そそくさと立ち去って行った。
首を全部かき集めた高杉は、次は村を出て山道を登りだした。
麓まで来ると、今度は此処に首を埋めると言って土を掘り出す。
銀時は高杉に命じられるままに揃って土を掘り、そこに首を埋めた。
最後に高杉は自分の腰から刀を抜くと、出来た土山にそれを深く突き立てた。
全てを終えた頃には、太陽は西日へと変わっていて山の稜線に沈もうとしていた。
沈む夕日を静かに見つめる高杉の横顔に、銀時は何故か攫われそうだという不安に駆られる。
「もう帰ろうぜ。ヅラも心配してるだろうし」
出来るだけ平静を装いながら言うと、高杉が目を伏せ微笑を浮かべた。
「俺はあの寺には帰らねえ。このまま行く」
「え?」
「確かにこの戦は終わった。だからまた新たな戦場を探す」
銀時は唖然と目を見開くが、直後険しく双眸を細め低い声で言い募った。
「てめえまだ戦う気か?」
「銀時ィ…前から聞きたかったんだがな、てめえは何故戦っていた?」
思わぬ問いかけに一瞬息を詰めたが、その後肩を落とすと、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「俺は…俺はこれ以上仲間を…家族を失いたくなかった」
「……」
「先生が死んで、お前らまで失うのはもう真っ平だ。国なんかどうでもいい。ただ自分の大切なものを守りたかった」
くくっと高杉が喉の奥で笑う。
「俺はなァ銀時。先生の復讐のためだけに戦ってたんだよ」
「……」
顔半分が包帯で覆われているため、高杉がどんな表情をしているのか銀時の角度からは確認出来なかった。
「守りたい者のために戦っていたお前。国を取り戻そうと戦っていたヅラ。違う方法で国を守ろうと戦いを放棄した坂本。そして恩師の敵討ちのために戦っていた俺」
「……」
「いつから俺たちは目的や手段が変わっちまったんだろうなァ」
「はじまりは皆同じだった」
「ああ」
高杉は身を翻して脇に置いていた笠を拾うと、ぽんぽんと軽く土埃をはたいて目深に被った。
「次会う時は敵になるかも知れねえな、銀時」
「高杉」
去ろうとする高杉を慌てて呼び止める。しかし高杉は歩を止めようとはしなかった。
「俺は後悔してねえからな!」
ぴたりと高杉の足が止まる。
ゆっくりと振り返った高杉に、銀時が強く言い募った。
「お前を抱いた事、後悔してねえ。絶対忘れねえ」
「…ああ。俺もだ」
驚く銀時に、笠の奥から高杉がにやりと口元を歪ませ笑った。
「俺を呼び覚ましてくれたのはお前だ。感謝してる」
「え?」
高杉がくるりと向きを変え此方に近付いてきた。
そして笠を軽く持ち上げ、銀時の唇に啄むような接吻をする。
「…っ」
「次はもう少し上手くなってろよ。余裕見せてみろ」
「んな…っ!」
真っ赤になった顔で文句を言おうとするや否や、直ぐに高杉は踵を返しまた元来た道を歩き出した。
「た、高杉!」
「ヅラに宜しくなァ」
片手を上げて、今度こそ高杉は行ってしまった。
残された銀時は一人ぽつんとその場で佇む。
やがて肩を落とすと、高杉が墓に突き立てた刀をぼんやり見つめた。
落陽に輝く日本刀は刃ころび、だがそれが禍々しくも美しいオレンジ色に染まっている。
「…あいつは死なせねえから」
墓に向かい、銀時は微笑を浮かべて呟いた。
穏やかな風が銀色の髪を吹き抜ける。
もうすぐ夏が来る――。【終】
あとがき
ここまで読んで頂きありがとうございました!
単に銀時×高杉の初めてを書きたかっただけなんですが、何故こんなに長くなってしまったんでしょう(苦笑)
攘夷戦争の時を想像をすると、何だか胸が締め付けられる想いがしますね。
みんな間違っていなかったと思います。だから誰も責めたくない。
この数年後、二人は再会することになりますが次こそ銀高の情事を生々しく書きたいですね(コラ笑)
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