半月夜会
半分欠けた月が仄かな青い光を放ち、仄暗い夜空にぽっかり浮かんでいる。
開け放した障子窓からそれを見上げながら、男が強く煙を吐き出した。
「遅ぇ…」
苛立ちをぶつけるように勢いよくカン、と煙草鉢に煙管を打ちつける。
約束の時刻はとうに回っている。ただでさえ短気な自分には数分の遅れさえ許せないというのに、あの男の顔を思い浮かべてはすぐにでも斬ってやりたい衝動に駆られる。
「一体いつまで待たせる気だ」
煙管に詰めた煙草は燃え尽きそうで、また次の葉に変えなければいけない。
ぎち、と煙管口を噛み締め漸く唇から離した時、ふと此方へ近付いてくる足音に耳をすます。
障子の向こうから影が映り、しゃがんだ人影から「お連れ様がお付きになりました」と言う声が聞こえた。その後ろから大きな影が映り込む。
開け放たれた障子の向こうから、男が悪びれもなく部屋へと入ってきた。
「待たせたのう、高杉ィ!」
「遅えよ。坂本」
遅れてきた坂本辰馬は満面の笑顔で、待っていた高杉晋助は今にも殺すと言わんばかりの鋭利な面持ち。対極する二人の男の顔付きに、案内してきた女中は逃げるようにそそくさと立ち去った。
「遅刻してきてその面とは、相変わらず図々しいな」
「すまんすまん。どうしても寄りたい店があったもんじゃきに、思ったより遅うなってしもうた」
「てめえの都合なんざ知らねえよ」
高杉は怒気を露わに杯に酒を注ぐと、勢いよく喉に流し込む。
それをニコニコ眺めながら、坂本は手にしていた大きな包みを取り出すと高杉の前に置いて見せた。
「…なんだ?」
「おんしにプレゼントじゃ」
開けてみい、と笑顔を向ける坂本を怪訝そうに一瞥すると、高杉は包みを解いて箱を開けた。
「……」
「三味線じゃ。おんしに弾いてもらいとうて」
誘われるようにその三味線を持ち上げ、高杉はそれをしげしげと眺める。
「それを買っていたら遅くなってしもうたんじゃ。ワシは三味線よく分からんけえの、店の主人に見立ててもろうたんじゃが…どうじゃ? 気に入ったか」
何も言わない高杉に、坂本は少し不安な目を向けてきた。
「フン…」
突然鼻で笑った高杉に、坂本が瞬きをした。
「まあいいだろう。遅刻、大目に見てやる」
ほっと胸を撫で下ろして坂本は嬉しそうに笑った。
それから調整を図るように高杉は撥を持って三味線を弾かせた。
心地よい音色に酔いしれながら、坂本は暫し酒の膳を楽しむ。
月は空の真上へと移動し、高杉の弾く三味線の音が安穏に天へ響き渡っていた。
「ワシはおんしが弾く三味線が好きじゃった」
坂本の声に、弦を弾く音が止まる。
高杉がゆっくり目を上げると、坂本は嬉しそうに口元を綻ばせていた。
「音楽は不思議じゃのう。どんな状況にいても心に沁みる。戦場でも何度おんしの三味線に救われたか…」
「俺は三味線弾きに此処に来たわけじゃねえ」
突然そう言って高杉は膝から三味線を下ろすと、側へと置いた。
「俺は仕事で来たんだ」
「……」
坂本は真顔になり、高杉を見据える。
「…乾電池が欲しいんじゃったな」
「ああ」
高杉は煙管を取ると新しく煙草を詰めて、火をつけた。
「数はいらねえ。試作品だからな、船の相性もあるだろうし大量入荷は試してからにしろと部下にも言われてるんでな」
「賢明じゃな。有能な部下じゃ。今日は付き添わなかったのか?」
「ああ。契約くらい俺一人で十分だ」
黒眼鏡の隙間から坂本の涼やかな目が細められた。
「ワシは商売抜きで、おんしに会いとうて来たんじゃ」
「……」
高杉は横を向いたまま見向きもせずゆっくり煙を燻らせた。
「高杉…会いたかったぜよ」
「…契約は終わった。俺ァこれ吸ったら帰るぜ」
まるで聞く気がないように高杉は煙管を咥える。
「…銀時達と揉めてるそうじゃな」
「……」
「ワシは戦場から逃げた身じゃ。偉そうな事は言えん。じゃが、昔の仲間が憎しみ合っているのはあまりいい気分じゃないの」
「てめえは説教しに来たのか」
「ワシは説教は苦手じゃきに。知っとるじゃろ?」
アハハと苦笑に顔を歪め、坂本は癖毛の髪を掻いた。
「ただ…互いを許し合う方法はないもんかのうと思ってな」
「…もう無理だ」
「高杉…」
坂本が悲しそうに名を呼んだ先、カン、と煙草鉢に煙管の先が打ちつけられる。
「さあて俺は帰るぜ。詳しい日時等は後で部下に…」
立ち上がり坂本の横をすり抜けようとした時、突然手を掴まれ引き止められる。
「なんだよ」
「三味線、忘れてるぜよ」
ちらりと高杉は三味線を見ると「いらねえよ」と吐き捨てた。
「ほんだら、もう一曲だけ弾いてくれんか。次はいつ会えるか分からんきに」
「……」
高杉は観念したように浅く溜息を吐くと御座をかいて座り直し、再び三味線を手にして弾き始めた。
「…おんしの奏でる音色はどこか寂しさを含んどる」
「え…」
弦を爪弾く手を止め、高杉は少し驚いたように目を上げた。
「ワシも色んな所で人の三味線を聞いたが、おんしの音色は皆と違う。物憂げで孤独な気がする…」
「……」
高杉は何も言わずに目を伏せた。
孤独――。そうかも知れない。どんなに配下を増やしても、どんなに派手なことを好んでも、どこかいつも一人の気がする。
「左目、本当に見えんのか」
え、と隻眼の目を見開いた。
「…ああ」
「包帯を巻いていると聞いたが、本当じゃったか」
坂本は高杉が左目を失った時、既に戦場から去った後だった。
苦渋の面持ちで坂本は高杉の顔を見つめる。
すると高杉が三味線を置いて立ち上がり、坂本の側へと腰を下ろした。
「包帯、解いて見せてやろうか」
「へ?」
高杉は皮肉っぽく薄ら笑うと、坂本の手を取り左目に当てさせる。
「ほら、解いていいぜ」
「いや…いい…」
坂本は戸惑って首を振った。
「見ろよ。お前が見ていない戦場で何があったか」
片方しかない目が挑発するように瞳孔を開かせ、鋭利に突き刺さってくる。
ほら、と高杉は益々顔を接近させ坂本の手を包帯の結び目まで移動させてきた。
「やめ…高杉…」
避けるように背を逸らした拍子に、高杉の体重がかかり畳の上に押し倒された。
「ワシを責めてるんじゃな…」
歪んだ黒眼鏡の隙間から高杉を見上げ、小さく呟く。
クククと肩を震わせ、高杉は楽しそうに笑った。
「よく分かってんじゃねえか。俺達を見限って宙に逃げたテメエを、俺は裏切り者としか思っちゃいねえよ」
「違うッ!」
かっとなった坂本は掴まれていた手を振り解くと高杉の肩を捕まえ、反対に押し倒した。
「ワシは一度だっておんしらを見限った覚えはない! 裏切り者と言われるのはええ。じゃが、ワシにとっておんしらはいつも仲間で、かけがえのない財産じゃ!」
思いの限り叫ぶと、坂本は高杉を強く抱き締めた。
坂本の肩が震えている。まるで泣いているようだった。
暫く驚いて硬直していた高杉の体が、次第に弛緩してくる。そして坂本の背にゆるゆると手を回してきた。
抱き返されて坂本がゆっくりと体を起す。
すると高杉が坂本のサングラスを外してそこ等に放り投げた。
「変わんねえな、お前」
「……」
「銀時も、ヅラも変わっちまったが、お前は変わらねえ」
「高杉…」
背に回していた高杉の手が坂本の後頭部に移動し、自分の顔へと押し付けてきた。
「――!!」
唇が重なり、坂本の目が大きく見開かれる。
唇を割って舌が入り込んでくる。濃厚になる口付けに、何故か坂本は抵抗も出来ず、なすがままに口腔を犯されていた。
やがて糸を引いて唇が離れた。至近距離のまま見つめ合っていると、高杉が赤い唇に乗せて呟いた。
「あの頃に…戻りてえ」
「……」
「お前の匂い、懐かしいな…」
高杉が頭を擡げて坂本の首筋に鼻先を押し付けてきた。
戸惑っていた坂本も、誘われるように高杉の頭に鼻を押し付ける。
自分とは違うサラサラした髪の感触に目を閉じ、首筋にかかる高杉の吐息に酔いしれた。
「抱けよ…坂本…」
坂本の手を取り、高杉は自らの着物の中へと導いた。
「高杉…」
細めている隻眼は僅かに濡れて光を放っており、キスの名残か唇は誘うように色を帯び濡れていた。
目線を下げれば、肌蹴ていた着物から陶器のような真っ白な肌が浮かび上がり、押し付けられた手は吸い付きそうなほどに肌に密着する。
その手を、少しだけ動かしてみた。
ぴくりと小さく高杉の身体が震える。今まで男の高杉をそういう目で見たことはなかったが、こんな艶のある容姿をしていたのかと今更驚いた。
「ワシは男は初めてじゃきに…優しく出来んかもしれん」
いいぜ、と高杉が妖艶に笑った。
ぞくりと肌が泡立つ。こんな感覚は久しぶりだ。
坂本の理性は此処までだった。
体を起こすと、突然坂本は立ち上がり襖を開けて大声で女中を呼んだ。
目を丸くしている高杉に構わず、呼んだ女中に連れが飲みすぎたので此処で泊まる、布団を用意してくれと頼み込んでいる。
あまりの唐突な行動に、上半身だけ体を起こしていた高杉は思わず噴出した。
部屋でいそいそと布団を敷いている女中を遠目で眺めながら、背後の坂本に向けて呟く。
「紳士だなァ坂本」
「誘ったのはおんしじゃ」
互いに目を合わせ、肩を揺らせて曖昧に笑い合った。
女中が去った後、新たに敷かれた布団の上に二人して腰を下ろす。
当たり前のように敷いてくれた二組の布団だったが、勿論一つしか使わない。
改めて情事に臨むように顔を見合わせると何だか照れ臭い。
「いつから男誘うようになったんじゃ」
誤魔化すように話を紡ぎながら高杉の顔を撫でる。
「さあな…」
高杉は不敵な笑みをたたえたまま、頬を擦る坂本の手の平に気持ち良さそうに目を細めた。
先程麗しく三味線を弾いていた男が、今はまるで娼婦のような顔を見せる。
そのギャップに坂本は漠然と興奮した。
高杉の着物の襟を取り、ゆっくりと肩まで肌蹴させる。
露わになるほど独自の色香が舞い上がる。
そのまま顔を寄せ唇を重ねた。
誘われるように開いた唇へ、舌を差し込んで絡ませた。
高杉も自ら舌を動かし縋るように坂本の背中に手を回してきた。
ピチャピチャと濡れる音が更に興奮へと誘う。
薄目を開けて高杉を見れば、少し目尻を赤くさせて息を乱し始めていた。
隠れるように目線を落とせば、胸の小さな突起が待ち望むように薄紅に色づいている。
唇を離すと、少し名残惜しそうに見ている高杉と目が合った。
それに苦笑を浮かべながらゆっくりと布団の上に押し倒す。
そして胸に顔を寄せると、突起へと舌を這わせた。
声は出ないまでも、高杉の息を詰めた反応が初々しく可憐に映った。
執拗に舌で愛撫し、もう片方は指で擦り上げる。
溜まらないように高杉が小さく息を吐き出した。
硬さを増した突起に吸い付きながら、固く結ばれた高杉の腰帯を器用に解いていく。
「慣れてんなァ」
皮肉めいた高杉の嘲笑に、坂本は苦々しく笑い返した。
下穿きを取り去ると、自分でも驚くほど躊躇なくそれを握り込んだ。
びくりと高杉の内腿が反応する。
「ん…っ、ふ……」
先端を親指で擦られ、上下に緩急に扱かれて高杉の口から篭ったような声が漏れだした。
「誘うなら声もちゃんと聞かせてくれんか」
耳元に唇を寄せ嫌らしく囁く。
一瞬高杉が横目で坂本を睨みつけたが、亀頭を爪で挫かれ再び目を閉じる羽目になった。
「あ…は……っ」
「ええのう…高杉……」
熱を帯びた坂本の吐息も浅く乱れている。
高杉は戦慄く両の手で坂本の顔を掴むと、強く口付けてきた。
「ん…、ん…っ」
苦しそうに口腔で喘ぎながら互いに舌を絡ませる。
唾液を滴らせたまま高杉が坂本の唇を外し、のろのろと体を起こした。
「高杉…?」
「俺ばっかり脱がしやがって…てめえも脱げ」
そう言って坂本の襟巻きを乱暴に抜き取り、上着を脱がせ始めた。
「そう急かさんでも…」
苦笑を漏らし一生懸命ズボンのベルトを外している高杉を上から見下ろす。
チャックを下ろされ下着から熱を取り出すと、躊躇うことなく高杉が上下に扱き始めた。
「でけえな…楽しみだ」
上目遣いでにやりと笑う高杉にぞくりとする。
高杉はそれに唇を寄せると舌を出し、先端を舐め始めた。
「……っ」
半勃ちだった熱が一気に上昇し、完全に屹立する。
赤い舌が裏筋を通り根元まで丹念に嬲られ、坂本は切羽詰ったような息を吐き出した。
「高杉…っ」
「んだよ…」
挑むように睨まれて坂本は高杉の黒髪を握り込んだ。
「おんし…上手すぎるじゃろ」
「同じ男だから感じる場所くらい知ってる」
そうじゃないと坂本が強引に高杉の顔を引っ剥がした。
「えらい…慣れちょる」
ククッと高杉が喉の奥で笑った。
「慣れてるのが気に食わねえか?」
「誰じゃおんしにこんな事教えたんは」
自分で言っていて奇妙に思った。これではまるで自分が嫉妬しているようだ。
「てめえに教える義理はねえよ」
予想通りの答えが返ってくる。そしてその後に紡がれた言葉に坂本は愕然となった。
「刀を捨てたお前に、何も言いたくねえ」
「…っ!」
坂本は息を飲み込み、その場で項垂れた。
暫く重い沈黙が続く。
坂本の頬に、高杉の熱い手の平が置かれた。
「悪かった」
「え…?」
急に謝られて坂本は目を丸くし、呆然と高杉を見つめた。
「お前の人生だもんな。お前が刀を捨てようが俺達を捨てようがお前が選んだ道だ」
だからそうじゃないと言おうとして開きかけた口に、それを阻むように高杉の唇が覆い被さる。
音を立てて離れると、高杉が優しい目で笑って見せた。
「やれよ、坂本」
坂本の大きな背中にぎゅっと腕を回し抱きつく。
「高杉…」
「俺達に少しでも申し訳ないって気持ちがあるんなら、抱け」
溜まらず、坂本は高杉を強く抱き締めた。
「すまんかった…高杉」
そっと体を離し、また唇を重ねる。
高杉を押し倒すと下肢に頭を移動し、躊躇わず含んだ。
「…っ。てめえは初めてなんだろ。そんな事までしなくていい」
「したいんじゃ。させてくれ」
坂本は愛しそうに高杉の熱を口腔で、舌で何度も往復させた。
「あ…あ……」
高杉の口から荒い呼吸と甘い声が漏れ始めた。
時折唇を噛んでそれを塞き止めようとするが、息継ぎが限界にくるとまた声が上がる。
「ええ声じゃの…」
「うっせえ…」
何を言っても罵倒しか返ってこない。それが高杉らしいと坂本は胸中で笑みながら、より深くむしゃぶりついた。
「あ…も、出る…」
「ええがよ…飲んでやるきに」
すると高杉が怒ったように坂本の癖毛を強く引っ張った。
「いたたた。なんじゃ」
「そんなもん飲むんじゃねえ。接吻出来なくなるだろうが」
そんな可愛い事を言われて思わず噴出した。
「やっぱり高杉は高杉じゃのう。何も変わってないき」
「ああ?」
意味が分からないと高杉が顔を歪める。
「自分勝手で我侭。でも…めんこい」
「う、うるせっ」
高杉は途端かっとなって坂本を突っ撥ねる。
戦争時代、よく坂本が高杉に言っていた言葉だった。
高杉は背のコンプレックスもあり、坂本によくそう言われて殴り返していた。
ああ…あの頃に戻ったみたいだ…。
不意に高杉の中に懐かしさが込み上げる。
「坂本…」
「うん?」
「続き…」
ああ、と坂本は柔らかく笑った。
坂本の指が後孔にそっと忍び込んだ。
「…っ」
足を高く上げられ、長い指が慎重に中を動き回る。
体制の苦しさもあって高杉は露骨に顔を顰めて坂本の腕を掴んだ。
「坂本…は、早く」
「しかしここはちゃんと解さんといかんじゃろ」
高杉の唾液と先走りで中を濡らそうとするも、坂本はそれだけでは足りないと自ら口を寄せて舐め始めた。
「や、あ…っ! この…っ」
耳まで真っ赤になった高杉は顔を見られたくないと両手で顔を覆ってしまった。
「なんじゃ高杉。おんしも恥らうことあるんじゃな」
ニヤニヤと何度も其処に舌を這わせ、指で押し広げて中まで挿入させる。
「あ…っや…やめ…っ」
「そろそろええかのう…」
滴らせた唾液を拭いながら、坂本は身を乗り上げると、隠すように覆っていた高杉の腕を取って顔を露わにさせた。
「ワシも限界じゃ…」
「息乱れてるぜ、坂本」
煽るように高杉は笑い、自ら大きく足を開いて腰を浮かせた。
「ほら、来いよ」
ごくりと唾を飲み込み、坂本は膨張した自身をゆっくりと沈ませていった。
「く……っ」
予想以上の狭さに坂本は眉を顰めて挿入を止める。
「いいから…」
促すように高杉が坂本の顔を擦った。
勇気付けられまた奥へと潜り込む。
「あ……」
小さく上げた高杉の声に、下肢がどくんと疼いた。
「お…でかくなったな」
「憎まれ口も此処までじゃ」
挑戦的に笑むと、坂本はぐっと怒張を引き抜き、また深く捻り込んだ。
「うぁ…っ!」
それからは坂本の独壇場だった。
乱暴とも言える抽挿は、高杉の口を塞ぐのに十分だった。
「あ、あ…んっ、く…ああ…っ」
何度も行き来し、高杉の中を堪能する。
傍若無人に動いていたが、ある一点を突いた時高杉が声にならない悲鳴を上げた。
「っん、そこ…っ」
「ここ、か?」
見つけた性感帯を何度も攻めると、高杉はあられもない声を上げて坂本に縋りついた。
その仕草がたまらなく淫猥で益々坂本を煽る。
高杉の匂いを確かめるように首筋に鼻を押し付け、時折愛しそうに口付けを散らした。
「はあ…ああ…た、辰馬…っ」
貪欲に喘いでいる高杉は、いつも戦場で見ていた自信に満ち溢れる強欲な男そのままだった。
歳は重ねていても表情は何も変わらない。ただ、覆った包帯だけが前と違うだけだ。
包帯の上をなぞるように唇で触れると、薄っすらと高杉の目が開かれた。
目尻から零れた涙が綺麗で、それを舌で拭う。
互いに何も言わず微笑み合い、濃厚にキスをした。
「ん…っん…ふ…あ……」
限界が近いのか、高杉の内腿が震え出し坂本の腹で擦られていたものから蜜を零し始めている。
「はあ…はあ…晋助…」
ラストスパートをかけ、坂本は更に腰を使い出した。
「ああ、ああ…い…っ!」
高杉の背筋が弓なりに反り、白濁を坂本の腹に撒き散らした。
内側がビクビクと痙攣し、その反動で坂本も中に射精する。
「う…く……」
どちらとも言えない声を漏らし、坂本が自身を引き抜いた。
シーツに互いの吐き出した精液が零れ染みを作る。独自の匂いに包まれる中、二人は余韻に浸るように目を閉じた。
「あれから誰も殺してねえのか?」
え?と坂本は横を振り返った。
互いに全裸で布団の上にいたが、座って酒を嗜んでいた坂本に対して、高杉は寝そべって煙管を吹かしている。
「商売するのに殺傷は必要ないじゃろ」
「てめえは昔から殺しを好まなかったな。天人とはいえ必要以上に殺すなと説教された事もあった」
「そうだったかのう…忘れてしもうた」
酒の香り立つ杯を見つめ、坂本は鼻で笑う。
「刀を捨てることで、ワシはもう誰も殺さんと決めた。殺しは何も生まない。何も残らない。あの戦場で学んだことはそれだけじゃ…」
高杉は暫く黙っていたが、不意に体を起こし投げ散らかしていた自分の着物を手に取った。
すると突然、坂本は肩を捕まれ強く布団の上に押し倒された。
持っていた杯が畳の上に転がり、零れた酒が香りと共に染み渡っていく。
「た、高杉…?」
何事かと目を丸くしている坂本の額に、ひやりと冷たい器具が当てられた。
短銃だった。
高杉は坂本に馬乗りになった状態で、その上でにやっと笑ってみせた。
坂本は驚愕に目を見開いたまま大きく唾を飲み込む。
「…ワシを殺す気か」
「ああ。抱かれたのは今生の別れの餞別ってところだな」
「いい餞別じゃな。あの世で仲間たちに自慢出来る」
互いに口元に笑みを刻んでいたが、後には真顔になり、じっと相手の目を見たまま動かなくなる。
感情のない冷血な目で坂本を見下ろす高杉に対し、坂本は額に汗を滲ませ瞬きもせず高杉を見つめていた。
どれくらいそうしていただろう。
突然ふう、と高杉が息を吐き出し銃を下ろした。
そして構えていた指を引き金から外すと坂本の胸の上に押し付けるように置いた。
「…?」
「やるよ。持ってけ」
坂本は目を瞠ると、胸上に置かれた銃を手に取って再度高杉を見上げた。
高杉は坂本の上から退くと、横に座り直し軽く肩を鳴らす。
「商売だって危険な時もあるだろ。脅しくらいには使えるはずだ」
「高杉…」
「あの世で自慢して貰っちゃ俺も恥かくしな。暫くはそれで生き長らえろ」
後ろ首をガリガリ掻きながら面倒臭そうに言う高杉に、坂本は口端を吊り上げて柔らかく笑った。
徐に立ち上がった高杉は着物を無造作に羽織り腰帯を巻き始める。
帰る支度をしていると気付き、坂本は少し寂しく思った。
最後に煙管を拾い上げた時、すぐ側に立てかけられていた三味線を見て、高杉はそれも手に取ると見せ付けるように持ち上げた。
「折角だからな、貰って行く」
「もう一曲頼んで貰えんかの」
「今度な」
今度、という言葉に坂本はほっと胸を撫で下ろす。そして歩き出す高杉に向かい声を上げた。
「高杉」
名を呼ばれて高杉が振り返る。
「おんしの言葉じゃないき、おんしの人生じゃ。ワシはもう何も言わん。何も聞かん。でもな、これだけは言わせてくれ」
「……」
「命ば、大事にせえよ」
高杉は何も言わず口端を吊り上げると、障子を閉じて出て行った。
静まり返った部屋の中で、坂本は「あーあ」と一人愚痴るように溜息を吐いて布団に寝転がった。
行灯の火がか細くちりちりと音を立てている。それが益々静寂さを倍増させているようで、坂本はらしくなく感傷的な気分に陥った。
ふと目を開けた先、障子窓の向こうに蒼い半月が浮かんでいた。
星が幾つも輝き、真っ暗な夜空を色づけるように美しく瞬いている。
「ワシはいつでも宙から見守っているからな、高杉…」
月に誓いを立てるように呟き、坂本は微笑を浮かべると再び目を閉じた。【終】
あとがき
相変わらずやってるだけのダメ小説ですみません(^_^.)
坂本は好きなキャラです。高杉より出番ないけどいいキャラだよね。辰馬嫌いな人なんて存在しないんじゃないかな(笑)
しかし高杉ってば男なら誰でもいいんかい!と言うようなアバズレだけど(笑)違うんですよ。一応選んでいるんですよ(笑)次があるといいね辰馬♪