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「晋ちゃーん、ちょっと開けて」
ある土曜日の午後。ドアの向こうからノックと共に、母親の声が聞こえてきた。
転寝していた高杉は、その音に不機嫌に顔を顰め体を起こす。
「晋ちゃん」
「はいはい」
面倒臭そうにベッドを降り立ち、まだ朦朧としている頭をガリガリ掻きながらドアへと寄ってノブを回すと。
「……?」
母親がニコニコと笑っている少し後ろに、見知らぬ若い男が立っていた。
「家庭教師の先生よ。ほら、挨拶して」
「…はあっ!?」
素っ頓狂な声を上げ、高杉は目を丸めて男を凝視した。
「坂田銀八ですー。銀さんって呼んでね♪」
「かて…家庭教師って…聞いてねえよっ!」
「晋ちゃんったら、ちゃんと言ったじゃないの。あなたうんうん言って頷いてたじゃない。覚えてないの?」
はっきり言って母親の話は殆ど聞いていない。近所の奥様と何処ぞで食事したとか、今日素敵なドレスを見つけたとかどうでもいい話ばかりなので耳は右から左へ流してしまうのが常になっている。
「とにかく、ほら。折角来て下さったんだからお部屋にお通しして。さ、先生どうぞ」
「ちょ、待っ…!」
男は高杉の制止の声を無視して横をすり抜けると「お邪魔します」と言いながら図々しく部屋の中へと足を踏み込んだ。
「じゃ、晋ちゃん。先生の言う事よく聞くのよ」
「えっ! ちょ、母ちゃん!」
楽しそうに去って行く母親を呼び止めようとするも、部屋の中にいる男の事も気になって交互に頭をキョロキョロ動かしてしまう。
「あ…」
そうこうしているうちに、母親は階段を下り去ってしまった。
肩をがっくり落としながら恐る恐る振り返ると、何やら本棚を見ている長身の男の姿が目に留まる。
「読書が好きなんだね。沢山あるねえ」
「……」
「でもカバーだけで中身はエロ本だったりして」
「っんな訳ねーだろ!」
「でもエロ本だって立派な読書だよね」
「だから違うって!」
ムキになって怒鳴ると、ケラケラと男は笑った。
「さ、始めましょうか」
勝手知ったる顔で中央にあるローテーブルの前に腰を下ろし、坂田銀八と名乗った男は鞄から参考書の類を広げ始めた。
最近どういう風の吹き回しか母親が買ってきた大きめのこのテーブル。成る程、そういう訳だったのかと息が漏れた。
「…座らないの?」
「……」
まだ警戒心丸出しで自分を見ている中学生に、銀八は柔らかい目を向けて座るよう促す。
しかしなかなか動こうとしないので、銀八は立ち上がるとグイと高杉の手首を捕まえた。
「な…っ!離せよっ」
「晋ちゃんが座らないのが悪いんでしょ?」
「晋ちゃん言うなっ!」
「じゃあ高杉晋助君」
にこっと笑い、銀八が高杉に顔を近付ける。
「なんて呼ばれたい?」
「…高杉…でいい」
「それは寂しいなあ。晋助じゃだめ?」
空いていた片方の手が腰へと移動し、やんわりと引き寄せてくる。
「ちょ…顔近…っ」
「ん?」
今にも鼻先がくっ付きそうな近い距離に背を逸らすが、男にがっちりと固定されているせいで至近距離は益々縮まるばかり。どぎまぎしていたその時、突然響いたドアのノック音で心臓が飛び上がった。
「先生、お茶が入りましたよ」
ガチャ、と勢いよくドアが開きケーキと紅茶の乗ったトレイを持った母親が姿を見せた。
「わーっ!おいしそう!」
途端、銀八は高杉の腰から手を離し、母親の元へと駆け寄って行く。
「手作りなんですけどお口に合うといいのですが」
「見ただけで分かりますよ。美味いって」
「まあ先生ったら!」
楽しそうに笑い合っている大きな背中を眺めつつ、あまりにも唐突な変貌に高杉は一人、置いていかれたように呆然としていた。
「で、今は何処まで進んでいるのかな?」
ケーキを食べ終えた銀八は幸せそうな顔をそのままに、高杉の教科書をぱらぱら捲りながら紅茶を啜っている。
「……」
「黙ってないで教えてよ」
「俺は認めてねえぞ」
銀八が眉を上げて高杉を見上げる。
「勉強する気なんて更々ないからな。俺、出掛ける」
「何処へ?」
「何処でもいいだろ。アンタに関係…」
「どうぞどうぞ何処へでも」
いきなりかわされた言葉に高杉の顔が顰められる。
「でもお母さんと約束したからね。二時間はいないと。君は何処に行ってもいいよ。俺此処で一人でお前の部屋探索してるから」
「な…っ!」
真っ赤な顔をして高杉は声を上げた。
「中学生の部屋ってどんなもんなのかな。興味あるしィ…エロ本とか大体ベッドの下に…」
「やめろっ!」
ベッドの下に這いつくばって近付こうとしている銀八を慌てて止める。
「だって暇なんだもん。晋ちゃんいない二時間」
「だから晋ちゃん言うなって言ってんだろ!」
「高杉君ね。高杉」
わざとらしく寂しそうな声を出す銀八に頭の血が上っていく。
「おい、ナメんなよてめえ!」
ガシッと銀八の襟首を鷲掴み、持ち上げて睨みつけた。
しかし相変わらず半開きの目は全開にされる事無く、銀八は涼しい顔で高杉を見ている。
「じゃ、一緒に勉強しよ?」
にこっと笑い、銀八は捕まえられていた高杉の手をやんわりと包み込んだ。
あまりにも邪気のない顔で笑うので、力が抜けて掴んでいた手がゆっくりと離れていく。
それに満足そうにまた笑うと、銀八は高杉の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
それから大人しくテーブルの前に座った高杉は、参考書の山を見てぼそりと呟いた。
「…アンタの専門って国語なの?」
「そうだよーん」
「俺国語は一応得意科目なんだけど…」
「聞いてる。成績良いらしいじゃん」
「じゃあ何で国語教師なんか雇ったんだよ」
どうせなら理数系の教師の方が良かったと漏らすと、銀八は「いいじゃない。勉強は沢山しても無駄にはならないよ」と言い募る。
「……」
「…なに?」
高杉の視線に気付いて顔を上げた銀八が、ニコリと笑って目を合わせる。
はーっと大仰に溜息を吐けば、苦笑いが返って来た。
「そうだよなあ。お前にとっては聞いてもいない家庭教師がいきなり来たんだから、そりゃ戸惑うよな」
いきなり親身になってうんうんと頷く銀八。
まさか同情されるとは思っておらず、目を瞬かせている高杉に、銀八は一際大きく頷くとパタンと教科書を閉じて前を見据えた。
「よし。今日は遊ぼう!」
「…へ?」
そう言うな否や、銀八は有言実行とばかりにキョロキョロと高杉の部屋を見回し始めた。
「おっ!このゲーム初めて見るわ。格闘ゲーム?」
「あ、ま、まあ…」
テレビの前に放置されていたプレステに釘付けになった銀八は、早速電源を入れると勝手にゲームを起動し始めた。
「ほら、お前も来いよ」
戸惑いながらも高杉も釣られるように銀八の横に腰を下ろし、差し出されたコントローラーを手にとって一緒になってゲームを始める。
「あっ!高杉てめえっ、邪魔すんなよ!」
「邪魔はてめえだ!あーっ死んだ!」
「ぎゃははは。ダッセー!」
「すぐ復活するって!」
結局その日はゲームだけで終わった。
また来週も来ると言って帰って行った銀八を鼻であしらいはしたが、もう来るなとは言わなかった。
次の週、約束の時間に顔を見せた銀八は、部屋に入って早々高杉を見て大きく目を丸めた。
「どしたのお前…」
「何が」
「何がじゃねえだろ。その顔」
高杉の左頬に明らかに殴られたような後があり、口許にも絆創膏が貼ってあっる。
眼帯をしているせいで益々痛々しく映るその姿に、銀八は思い切り眉根を寄せて肩を落とした。
「喧嘩したのか?」
「吹っかけて来たのはあっちだ」
「喧嘩した奴は皆そう言うんだよねえ」
ふん、と高杉がそっぽを向く。
「で、お前勝ったの?負けたの?」
思いも寄らぬ質問に、高杉は少し面食らいながらも「俺が負ける訳ねーだろ」と言い返した。
「喧嘩した奴は大抵そう言うんだよね」
「向こうは俺の倍怪我してるっつーの」
その言葉に瞬時、銀八の目が鋭く光った。
一瞬怯んだ高杉に素早く近付くと、顎を取って強引に上げさせる。
「何す…っ」
「殴られたのは顔だけか?」
え、と高杉は硬直して思わずきょとんとしてしまう。
「は…腹も少し…わあっ!」
突然着ていたTシャツを思い切り捲くられた。
「何すんだ!み、見るなっ!」
「ふーむ…」
ジタバタもがく高杉を難なく制し、銀八はじろじろと顔を寄せて高杉の腹を観察している。
「そんなに近付いて見ることねーだろ!」
「いやー最近目が悪くなってねえ…ちょっと痣になってるな」
直後、ぬめっとした感触に一瞬にして鳥肌が立った。
「な…舐めんな!!」
「んーっ」
聞く耳持たずで銀八が強くそこを吸い上げる。
「…っ!」
声にならない声を漏らし、高杉は必死で銀八の癖毛を引っ張った。
「あ……」
漸く顔を上げた銀八に、少し涙目になった高杉が弱々しく睨みつける。
「怪我する度に俺が舐めて治してやるからな」
「っ変態!」
「どうも♪」
へらっと締まりのない顔で笑って、銀八はようやっと高杉を解放した。
「さてと、今日は何して遊ぼうか」
「…は?」
テレビの前を陣取った銀八が「これやりたい」とゲームのソフトを見せてきた。
「…それ初心者には難しいぞ」
「俺を誰だと思ってんの?遊びの達人銀ちゃんだぜ」
「笑えるあだ名だな」
「じゃあ笑ってよ」
言われて思わず顔がにやけた。
「あー初めて笑った!」
「こ、これはアンタが…!」
高杉の罵倒を意にも介してないように、銀八は嬉しそうに可愛い〜と連呼している。
「あームカツク!」
銀八の隣にどかっと座り、高杉はコントローラーを持ってゲーム機を起動させた。
「これで仕返ししてやる!初心者だろうがコテンパンにな!」
「臨むところよー!」
まるで子供の会話だ。
その日も結局ゲーム三昧で終了した。
次の週、銀八が訪れると何だか浮かない顔の高杉が姿を見せた。
「なんかやな事あったの?」
「嫌な事って訳じゃ…」
もごもごと言い淀んでいる高杉に、銀八はふーんと気の無い素振りを見せる。
「まあお前も青春真っ只中の訳だし、色々あるんだろうね」
「……」
「じゃ、勉強しようか」
「……」
まるで反応なく動こうともしない高杉に、やれやれと銀八は肩を竦めた。
高杉の手を引くと、一番座り易いベッドへと導き座らせる。
「ほら、話してみろよ。親と喧嘩か?それとも友達?」
「…女」
一瞬目を丸めた銀八は、後には納得したようにゆっくりと頷いた。
「なるほど。女関係か。高杉もクールな顔して結構やることはやってるんじゃねえか」
誉めてるつもりだったのだが、高杉がぎろりと睨んでくるのですぐに顔を引き締める。
「えーと…お付き合いしてたってこと?」
「…違う」
「じゃあ何」
「メール…もらって…」
うん、と相槌を打ち先を促すと、高杉がしどろもどろに口を開き始めた。
「付き合ってくれって」
「いいじゃん」
「でも俺その女のこと、顔と名前くらいしか知らないし」
「でもメールは知ってたの?」
「誰かから教えてもらったらしくて」
最近の中学生の恋愛事情はやはり違うなーと思い知る。
携帯が当たり前のこの時代。情報も告白もメールか。味気ない。
「で、お前どうしたの?」
「やった」
「…はあっ!?」
一瞬叫びが遅れてしまった。
「や、やったってお前…っ!な、ななな!!」
やっぱり最近の中学生は進んでいる。いや、進んでいるというより腹が立つほど純愛というものに執着がない!この時代にしか出来ないことは山ほどあるのに、もう山を飛び越えて空を飛び雲を捕まえ…!
「キス…俺初めてだったのに」
「……え?」
嫉妬で叫び狂いそうになっていた所を、高杉の一声が現実へと引き戻す。
「キ…キス?」
「急に飛びついてきて奪いやがった」
「……」
な、なんだ。やったってキスって事か。
何だか安心したと同時にどっと疲れがくる。
「えーと…つまり高杉君はファーストキスを何とも思っていない相手に奪われて落ち込んでいる訳だ?」
露骨に言われると高杉も返す言葉もなく黙ってしまう。
「んー…そうだよなあ。ファーストキスって一生に一度のものだし、大切にしたかったよなあ」
からかわれるのを覚悟していたのか、高杉は予想外とばかりに目を丸めて銀八を見上げてきた。
「不本意だったんなら、ファーストキスと思わなければいいじゃん。事故ってことで割り切りな」
「…うん」
口では肯定しても、気持ちは割り切れないものがあるらしい。
俯いている高杉の肩に銀八は手を回すと、もう一方の手を相手の顎に置いた。
不審に顔を上げた高杉に、銀八は顔を寄せて唇を重ねる。
「……っ!!」
驚いたのは高杉だ。
次の瞬間、思い切り銀八を突き飛ばしていた。
「な、何しやがんだテメエ!」
「いてて…」
絨毯の上で打ちつけた背中を擦りながらのっそりと銀八が起き上がる。
「はは…これも事故。はい、どうぞ罵倒して下さいよ」
一瞬意味が分からずきょとんとなる。
「事故も回数重ねたら事故っぽくなるだろ?本気のキスまでの予行演習と思っていればいいじゃん。事故を重ねてプロのレーサーになれるんだぜ?」
「な、なんだよそれ」
立ち上がった銀八は、首をコキコキ鳴らすと腰に手を当てテレビの方向を見た。
「よし。今日はレースゲームだな」
「……」
「なんだよ。持ってない?」
「…昔のなら」
よーし!と嬉しそうに笑ってソフト寄越せと言いながらテレビの電源を入れる。
「…ったく」
思わず舌打ちした高杉に、「何か言ったかー?」と暢気な銀八の声が聞こえてくる。
「俺は本物の免許持ちだからな。これは勝てる!」
「ゲームなめんな!」
その日はヒートアップした男たちの怒声が響き渡った。
銀八が高杉家に通うようになって一ヶ月が過ぎたある日。
ゲームに飽きた二人はそれぞれ自分の好きなようにゴロゴロと過ごしていた。
銀八は絨毯に寝転がり漫画を、高杉はベッドの上で冒険小説を読んでいた。
「先生はさ…」
ブー!!
口に含んだ紅茶を全て飛ばしてしまった。
「な、なんだよ」
「おま…お前こそなんだよ!いきなり先生なんて…」
珍しく銀八が真っ赤になって動揺している。
その珍しい様をもう少し見ていたかったが、壁の時計は後10分で4時になろうとしている。銀八がそろそろ帰る時間が押し迫っていた。
「…で、なんだよ」
咳き込んだ肺をどうにか落ち着かせながら、銀八が漫画を閉じて高杉に向き直った。
「……」
「なんだよ。先生に何でも言ってみなさい」
余程先生呼びが気に入ったのか、少し紅潮した顔で銀八は胸を張っている。
「…銀八は大人だろ」
「銀八先生と言いなさい!はい、大人ですが何か?」
何か奴のスイッチを踏んでしまったのだろうか。妙に息巻いていて面倒臭くなってしまったが、無視して話を進行方向に持って行った。
「女の人とその…経験ある?」
「経験ってSEXの事か?」
「わーーーー!!!」
恥ずかしい単語に思わず耳を塞ぐと、銀八はケラケラ笑った。
「何ィ?晋ちゃんついにそっちのチャンスが巡ってきたわけ?」
「ま、まだそうとは決まってねえけど…今度家に来ないかって…誘われ…」
語尾がどんどん小さくなって行くのはニヤニヤしている銀八がむかついてきたせいだ。
「相手は誰よ?あのファーストキ…じゃなくて事故の子か?」
「事故の子ってなんだよ。あの女じゃねえよ。年上の高校生だ」
高杉の交友関係はどうなっているのだろうと思いつつ、銀八は続きを促した。
「家に誘うって事はつまり…あれだよな?」
「あれだろうねえ…。なに、高杉察しがいいじゃないの。で、その子とは本気なの?」
「いや全然。でもさ…」
口篭って顔をほんのり赤くしている高杉を見て、銀八は口を歪めた。
「お前、ファーストキスは拘ってたくせにセックスはしたいわけ?」
「ア、アンタが予行演習と思えばいいって言ったんだろ!」
「まあそうだけどォ…」
ちょっとフォローを間違えてしまったのだろうかと頭を掻く。
「だからよ、アンタは初めての時ってどうだったのか聞いてみたいっつーか…」
「あー…」
こんなこと中学生に教えていいものかと少し苦悩する。
「そんなのは人それぞれだと思うけど…そうだな、俺の初体験はなあ…」
ゴクリと唾を飲み込み高杉が身を乗り出してきた。
「はっきり言って最悪だった」
「最悪って?」
「緊張ガチガチで勃たなかった!」
あっけらかんと笑い飛ばす銀八に対し、高杉はショックを受けたように驚き固まった。
「…すげ…カッコ悪ィ…」
「そ。カッコ悪いのなんのって!彼女も呆れて怒って帰っちゃったのよ」
「もし俺もそうなったら…」
え、と銀八の眉間に皺が寄る。
暫く重苦しい沈黙が続いた。
銀八が気まずそうに目を逸らしていると、突然顔を上げ高杉が縋るように口を開いた。
「お、教えてよ先生!」
先生という言葉にピクリと反応する。
その次には「仕方ないですねえ、可愛い生徒の頼みなら」と、すっかり成りきった銀八が仁王立ちで立ち上がった。
どすん、と高杉の横に腰を下ろした銀八は、目を瞬かせている高杉の顎を掴むと強くと引き寄せた。
「ち、ちょっと…っ」
「何ですか」
「まさかキ、キスするのか?」
「一度も二度も同じでしょ」
「お、俺が知りたいのはその…っ」
「だから、こうやって実践して教えてあげようとしてるんじゃないの」
にやにやと口許を綻ばせ、銀八が高杉の真っ黒な瞳を覗き込んだ。
「恥かきたくないんだろ高杉ィ?」
「…っ!」
息を詰めたと同時、唇が合わさった。
ぎゅっと目を瞑った高杉を銀八は面白そうに眺め、口を開くように顎を指でなぞる。
ぴくりとした高杉が思わず口を開いた隙間に、素早く銀八の舌が入り込んだ。
「んっ、う…んん!」
驚いて身を引こうとした途端、勢い余ってベッドに倒れ込んでしまう。
はっとして顔を上げると、銀八が微笑を浮かべ自分を見下ろしていた。
「高杉が女の子役だぜ。どこをどうすれば女が喜ぶのか、先生をよく見て勉強するように」
瞬時、高杉はもしかして自分はとんでもない事を言ってしまったのではないかと今更慌てふためいた。
「せ、先生っ」
「なあに?」
とても晴れやかに笑う銀八。
これが大人の余裕、貫禄なのだろうか。妙に落ち着いていて風格がある。
よく見れば結構いい顔をしている。鼻筋が通っていて涼しい目許は男前の部類に入るだろう。
ガチガチの自分の緊張を解すように肩を撫でられた。
「せ…先…」
「晋ちゃーん!先生帰ったのかしら?」
突然ドアの向こうで響いた声に、二人の心臓が飛び跳ねた。
「は、はーい!今帰る準備をしているところでーす」
銀八が動揺を誤魔化すように、ドアに向けて明るめに声を張り上げる。
「あら、先生いらっしゃったんですか。もう4時半ですわよ」
「あっ、本当だ。すみません、ちょっと勉強に身が入りすぎちゃって。今すぐ退散しますね」
「まあ先生申し訳ありません。こんな時間まで」
いえいえとドア越しに謝りながら銀八は居心地悪そうに高杉の上から退いた。
母親が去ったのを耳で確認した後、恐々と振り返ると高杉はそのままベッドの上で大の字になっている。
「え…えっと…どうしよっか」
「帰ればいいじゃん」
素っ気無い返事は怒っているようだった。
「…はあ」
大きく溜息を漏らし、銀八は立ち上がると自分の鞄を探し脇に挟む。
「じゃ、来週な」
「……」
返事がないのは慣れているが、今回は完全に不貞腐れている。
銀八はベッドに近付くと、寝転んだままの高杉に顔を寄せ、ちゅっと小さなキスを落とした。
「……っ!」
「来週、感想楽しみにしてっから」
柔らかに笑う大人の男を、ぼんやりと見つめる。
それからその家庭教師は静かにドアを閉め出て行った。
次の週。
銀八がいつものように高杉の部屋にノックをして入ると、背中を向けてベッドに寝転がっている高杉の姿が飛び込んできた。
「こんにちはー…」
「…おう」
肩を竦め、銀八は荷物を置くといつもの定位置へ座って寛ぐ体勢を取った。
「眠いのかなー高杉クン」
「……」
四つん這いでベッドへ近付きマットレスの上に肘を乗せて頬杖を付く。
「そう言えばどうだったのよ?」
「何が」
「初体験。上手くいった?」
「…てねえよ」
聞き取り難くて「ん?」と耳を傾ける。
「やってねえよ!」
高杉ががばっと起き上がり銀八を振り返った。
じーっと高杉を見つめたまま何も言わない銀八に、高杉が顔を真っ赤にして戦慄く口を必死に開いた。
「ア、アンタと…予行演習してからと…思って…」
「……」
「早く教えろよ!アンタ先生だろ!」
ふむ、と言いながら銀八はベッドに腰掛けると何か考えるように天井を仰いだ。
「俺は国語教師であって保健体育の先生ではないんだけど…」
「…どうせゲームしかしてなかっただろ」
そうだね、と銀八が苦々しく笑う。
そしてゆっくりと高杉の髪に指を絡めてきた。
一瞬びくっとした高杉も、特には抵抗も見せず黙ったまま目を泳がせている。
「いいなあ。サラサラだ」
「……?」
「天パの俺には羨ましいよ。真っ黒な髪もお前に似合ってる」
「アンタは…」
言いかけて慌てて口を噤んだ。
「何だよ。言えよ」
髪を弄んでいた手を高杉の頬に滑らせる。
「何でそんな色なのかって聞けばいい」
柔らかく微笑し、高杉の言葉を代弁するように言葉を繋ぐ。
「…いい。アンタも俺の目のこと聞かないし」
くすりと銀八は笑って高杉の眼帯をそっと撫でた。
「いいじゃんそれ。俺は気に入ってるぜ」
「……あ」
「ん?」
小さく何か言いかけた高杉を銀八が覗き込むようにして促す。
「あり…がと」
その瞬間、銀八の顔が一気に真っ赤に染まった。
「あ…いや…あ……」
何か挙動不審に言葉を乱している銀八を奇妙に思って見上げると、これ以上ないほど真っ赤になっている相手の顔に驚いた。
「銀八?」
「あーっもう!!」
突然銀八が勢いよく高杉を押し倒してきた。
驚いている高杉に、銀八は鼻息荒く怒鳴った。
「お前が教えろって言ったんだぞ?分かってんだろうな!?」
訳も分からず高杉は小さく頷く。
「そしてそれにノッた俺も同罪だ」
自分に言い聞かせるように呟いた銀時を、高杉は呆然と見上げている。
そしてその高杉の顎をぐいと持ち上げ、銀八が低い声で言い募った。
「但し課外授業につき条件がある。高杉」
急に変わった声色に一瞬たじろきつつも、耳を傾けた。
「俺のことは先生と呼べ」
「わ、分かった」
「呼んでみな」
甘い声にびくりと背が硬直する。
「せ、先生…」
「いい子だ」
ゆっくりと銀八が体を倒し、高杉の薄い唇にそれを重ねた。
「ん…っふ……」
口腔でかき回される舌と共に、胸の突起を柔らかく転がされて上擦った声が漏れそうになる。
「ん…あ……っ」
「可愛いね、高杉…」
耳元で囁く銀八の息が異常なほど熱い。
「はあ…銀…先生……」
「なあに?」
「あんまり時間かけんなよ…っ」
「前戯は大事だぜ。前戯が短いほど切羽詰ってる感が出てカッコ悪く見えちまう」
「そ、そっか」
あまりにも素直に受け取り過ぎて笑みが漏れる。
「そうですよ。でも確かに焦らされすぎるのも良くないね」
そう言って銀八は顔を移動し、今度は舌で胸を舐めた。
「ひぁ…!」
思いも寄らぬ声が出て、高杉は突発的に手で口を覆った。
「なんでよ、聞かせてよ」
口を塞いだまま赤い顔でぶんぶんと首を振る。
「じゃあ見てろ」
嘲笑を浮かべ、それからもう片方の乳首を含む。
「んん……っ」
――やべえなこりゃ…。
銀八は心中で少し焦っていた。
信じられないくらいに自分の中が猛っている。
焦るのは良くないと言ったのは自分なのに、我慢出来ず銀八は高杉のジーンズを脱がしにかかった。
ガチャガチャとベルトを緩め、ジーンズを剥ぎ取ると白い足が露わになる。
10代ならではの瑞々しいきめ細かな肌をしている。
「あ……」
高杉が恥ずかしそうな顔をして、銀八を困惑気味に見ていた。
「恥ずかしがることないだろ。男同士だし」
「なんか…ちょっと……」
それはそうだろう。風呂に行くのとは訳が違う。
トランクスの上をそっとなぞると、びくりと高杉の太股が揺れた。
「これも脱がしちゃうよ?」
わざと嫌らしく囁けば益々高杉の顔が紅潮する。
それからゆっくりと下着を下ろして足首から抜き取った。
まだ生え揃っていないような薄い茂みが新鮮で、思わず息を呑んだ。
「先生…」
「ん?」
「アンタは脱がねえのか?」
言われて初めて自分が何も脱いでいない事に気付いた。
「はは。悪い」
笑顔で誤魔化しながら着ていたシャツを脱ぎ捨てる。
それをじーっと高杉が見ていた。
「…なに?」
「結構筋肉ついてんだな」
「そ、そうかな」
ガキを相手に何を照れているんだろうと思いつつ、思ったより明るい室内に今頃気付いた。
「た、高杉」
「うん?」
「カーテン閉めに行っていい?」
午後と言えども日はまだ高い。
高杉の裸は大いに隅々まで見たいのだが、自分の裸、特に顔を見られるのは躊躇われた。
すると高杉が「ああ」と短く返事をしてベッドサイドからリモコンらしき物を取り上げた。そしてスイッチを押すとカーテンが電子音と共に静かに閉まっていく。
「な、なんだよ。電動式?」
短く高杉が頷くと銀八は「初めて見た」と目をぱちくりして閉じたカーテンを眺めた。
「先生」
急かす様に高杉に名を呼ばれ、長く息を吐き出した銀八が再び高杉を見下ろす。
「そういやお前お坊ちゃんだったんだよな…」
「何が?」
きょとんとしている無垢な瞳に、銀八は何でもないと緩く首を振り、高杉の首筋を舐め上げた。
「ひゃ…っ」
「そのお坊ちゃんに性教育を教えてやるなんざ、俺も結構なご身分じゃねえ?」
「何言って…」
高杉の声は途中で途切れた。
下肢をやんわりと握られ、その後体をずらした銀八がそれを深く咥え込んだ。
「うわ…っ」
予想外の刺激に高杉は思わず体を起こしそうになる。
しかしすぐに銀八の手で胸を押さえられ、再びベッドに沈む羽目になった。
「や…あ…っ、ん……」
「気持ちいいだろ?」
舌を這わせながら上目遣いで見上げると、一生懸命口を覆って目を潤めている高杉と目が合う。
「き…気持ちいい…」
正直に感想を言う高杉が可愛くて、銀八はジュブジュブとわざと音を立てながら大きく頭を揺らし始めた。
「あん…あ、…んん…っ」
余程感度が良いのか、初めての刺激に溺れているのか、高杉の小さな喘ぎと反応は銀八の下肢にも十分の熱を煽らせる。
「高杉…」
我慢ならないと、銀八は高杉の太股を高く持ち上げ、後孔にも唇を寄せた。
「や、やだ…っ!」
途端、高杉が暴れまくった。
しかし銀八は聞く耳持たずで高杉を押さえつけ、そこを丹念に舌で嬲る。
「ぎ、銀八…っ」
「せ・ん・せ・い」
にやりと笑い、銀八は自分の指を口に含むと唾液塗れになった指で今度はそこに容赦なく突き入れた。
「……っ!」
息を詰めて高杉がシーツを思い切り引っ掴んだ。
中で得体の知れない蟲が動いているようで、吐き気さえ覚える。
「やめ…せ、先生っ」
「すぐ善くしてやっから」
そう言って銀八は再び高杉のモノを口に含んで愛撫し始めた。
「あ…はぁ…ん……」
高杉の声に甘さが戻ってくる。
後孔の中で指を動かしながら、前は丁寧に舌で転がした。
堪らないのか、高杉は悩ましげに身体をくねらせている。
「ふ…あっ!」
ある一点を突いた時、高杉の背中がびくんと震えた。
「此処か」
「何…あぁ…!」
びくびくと高杉が痙攣したように体をひくつかせた。
前はもう先走りの蜜を垂らし始めている。
二箇所の刺激は若い高杉には強すぎて、限界が一気に駆け上がった。
「ん…イ……ッ!」
銀八が顔を離したと同時、高杉は自分の腹に精を吐き出した。
何度も扱かれ、白濁が銀八の手の中で溢れている。
余韻に浸る間もなく、指は数を増して再び後孔に忍び込んだ。
「あ…はぁ……っ」
息吐く余裕もなく、高杉はただ未知の行為に翻弄されるしかなかった。
「せ、先生…ん…先生…」
「高杉…」
銀八が息を乱しながら体を伸び上げて高杉と目を合わせた。
「大丈夫だから」
囁かれた後、腰に枕を差し込まれ足を高く広げられる。
「ん…っ」
貪るように唇を奪われたと同時、指とは違う大きさが後孔へと入ってきた。
「ん…っ、んん――!」
悲鳴を上げようにも口を塞がれていてままならず、叫びは涙となって目尻から溢れ出た。痛みなのか圧迫感なのか分からない奇妙な鈍痛が下肢を支配する。
「…はあ…」
漸く口が離れると、高杉は目を開けて目の前の男をぼんやり見つめた。
「大丈夫か…?」
「んな訳ねーだろ…変態教師」
くすりと笑い、銀八が高杉の髪を優しく梳いた。
「素に戻ると可愛くないな、お前」
「可愛いなんて言われたくねえ」
「そっか。じゃあ可愛くなれ」
そう言って銀八が腰を揺らし始めた。
「ひ……っ」
声を上げる間もなく、何度も突き上げられる。
付いていけない動きに、高杉はどうしていいか分からず銀八の肩を掴むことで止めようとした。
「んぁ……!」
突如、高い声が飛び出た。
「此処だろ?お前のいいところ」
「や、あぁ…!」
突かれるだけでなく、ぐるりと腰が回される。
頭が朦朧としてくる。口から出る嬌声がどんどん甘くなっている事に高杉自身気付いていなかった。
「あ…あ…ん、ふぁ……」
「可愛い…晋助…」
頬に銀八の唇が吸い付く。
首や耳朶も食むように口付けられて、高杉は縋るように銀八の背中に手を伸ばした。
「んん…はぁ…ん…あ……」
圧迫感の中にも確かに存在する快感に、思考回路の全てが混乱して行く。
銀八も自身を出し入れしながら、視覚も聴覚も感覚全てが興奮材料になっていくのを感じていた。
高杉にも気持ち善くなって欲しくて、前を握り込みゆるゆると扱き始める。
「あっ…ひぁ……っ」
「イイか?高杉…」
「ん…いい……」
喘ぎながらもこくこくと頷き、催促するように足を巻きつけてきた。
喉の奥で笑い、銀八は最後の絶頂を目指し腰の動きを早めた。
「ああ、ああ…ん、ああ…ッ!」
高杉がいち早く白濁を銀八の手の中で飛ばす。
直後、銀八も息を詰めて高杉の中に欲望を叩き付けた。
ふと、嗅ぎ慣れない匂いに目を覚ました。
目を上げると、上半身だけ起こした銀八が隣で煙草を燻らせている。
「煙草…」
高杉の声に銀八が驚いて、「起こしたか」と苦々しく笑い返してきた。
「もう少し横になってた方がいいぞ。悪いな、無理させちまった」
「……」
高杉はうつ伏せに寝そべったまま頭だけを銀八に向けて、無言でそれを見つめていた。
「体、痛くないか?」
「痛えよ。全部」
「ほんっと、お前素になると可愛くねえ」
「…それいいな」
言葉の意味が分からず目を向けると、高杉が少しきつそうに顔を顰めながら起き上がった。
「ほら、無理すんなって」
「俺も煙草吸ってみたい」
え、と銀八は目を見開いた後、ぶんぶん大きく首を振った。
「ダメだよ。お前にこれ以上不埒な事教えたら…っ」
「アンタが俺の前で美味そうに吸ってるのが悪いんだろっ」
「こ、これは我慢出来なくてだな…っ」
「一回だけ、な?」
目を細め、猫撫で声で銀八に体を寄せてくる。
「……っ」
さっきまであんなに恥らっていた子が、もう大人の色香を身につけている。
こいつをこんなにしてしまったのは自分なのだろうかと思うと、銀八もこれ以上抗えなくなってしまった。
「一回だけだぞ」
うんと言い、高杉は銀八が吸っていた煙草を受け取ると、嬉々として口に咥えた。
「う……ごほっ、ごほっ!」
案の定、盛大に咳き込んだ高杉を介抱するべく背中を擦る。
「ほら、水飲むか?」
「んだよこれ…どこが美味いんだ?」
銀八は苦笑いを漏らしながら「そうだねえ」と流すように返答する。
「…高杉」
突然変わった声色に、高杉が不審に思って顔を上げた。
「いや、何でもねえ」
「…?」
「あっと、4時だな。俺帰るわ」
「あ、ああ」
銀八は立ち上がると素早く服を着直して身支度を整えた。
そして最後に高杉に向き直ると「またな」とにこやかに言い放つ。
少しほっとした高杉は、ほんのり笑って頷いた。
「お前やっぱり笑った方が可愛いよ」
「可愛い言うな!」
途端怒り顔になる高杉に、銀八も吹っ切れたように笑った。
ある日、高杉が学校から帰宅すると廊下を隔てたリビングから母親の話し声が聞こえてきた。
無関心に通り過ぎようとした時、「坂田先生」と言う単語が聞こえて思わず足を止める。
少し壁に隠れるようにしてリビングを覗くと、母親が電話で誰かと話をしていた。
「本当に先生には何とお礼を言っていいか。晋ちゃんも随分性格が柔らかくなったような気がします。ええ、夜遊びも今は殆どしてないんですよ」
嬉々として話す相手は間違いなく銀八らしいのは分かったが、何だか話の内容が奇妙に思った。
「でもさすが先生ですわ。噂どおりの優秀なスクールカウンセラーですね」
――カウンセラー?
思いも寄らぬ単語に一瞬耳を疑った。
「紹介して頂いた学校の先生にも感謝しております。ええ、残りの契約期間までどうか宜しくお願いしますね」
その後の母親の話は殆ど耳に入ってなかった。
家庭教師とは名ばかりで、実はカウンセラーとして雇われていたという事実に大きなショックを受けた。
溜まらず、逃げるようにその場から二階に駆け出した。
音に気付いた母親が遠くから自分を呼ぶ声が聞こえたが、無視して自室のドアを勢いよく閉じた。
土曜日、銀八がいつものように部屋に訪れた。
ノックをして高杉に声をかけてもなかなか開けてくれない。
「高杉、ちょっとでいいんだよ。顔見せてよ」
普段の軽い口調ではなく、真剣な銀八の声が聞こえてくる。
あまりにもしつこいので、高杉は躊躇いながらもそっと半分だけドアを開けた。
「…もう来んな」
それだけを告げ勢いよくドアを閉めようとした時、隙間に銀八の足が滑り込んだ。痛みに顔を歪めながらも必死でドアをこじ開けて入ろうとする。
「ちょ…っ、高杉お願いだから入れて!」
あまりにも痛そうなので高杉の力が抜けたと同時、無理矢理銀八が部屋の中へと入ってきた。
後ろ手にドアを閉めた銀八は、大きく息を吐いて目の前の高杉を居心地悪そうに見つめる。
「あの…さ」
「俺を騙していたんだな」
予想通りの言葉を告げられ、銀八は力なく肩を落とした。
「黙ってて悪かった。お前を傷つけるつもりは…」
「俺を抱いたのもカウンセリングの一環だったって訳だ」
一瞬息を詰めた銀八は、そうじゃないと強く否定し高杉に歩み寄った。
「触るなっ」
「高杉…」
伸ばした手は宙を彷徨い、やがて力なく下ろされる。
「お前を抱いたのは俺の意思だ。カウンセリングでもなんでもない。個人的にお前に触れたかった」
「嘘だ。アンタは他の生徒にもそう言って…他の人間も簡単に抱いて…」
言いながら、高杉の目から涙が溢れ頬を伝った。
慌てて拭うと、銀八が手を伸ばし容赦なく力強く抱き締めてきた。
「離せっ」
「確かに俺はカウンセリングとして雇われた。お前に告げれば最初から煙たがれるのは分かっていたし、名ばかりの家庭教師だったのは認めるよ」
逃れようにもあまりにもがっちりと拘束されていて、それでも往生際悪くジタバタ踠いている。
「でもさ、予想外だったんだよ」
高杉の抵抗が一瞬止まる。
「お前思ったより全然不良じゃなかったから。すごくいい子だったから」
涙で真っ赤になった目をそろそろと上げると、端整な顔を少し歪めながらも優しく微笑んでいる銀八がいた。
「だから先生じゃなくて友達になりたかったんだ。抱いておいて今更そう言うのも何だけどね…」
ばつが悪そうに頬を掻いて、銀八は顔を薄っすらと染めた。
「でももうお前が来るなって言うなら来ないし、二度と触らないよ」
「…触ってんじゃねえか」
はっとして腕の中に抱きかかえたままの高杉を見つめ直す。
だが、銀八は笑い飛ばすだけで全く腕の力は緩めなかった。
「触られるのは…嫌か?」
「……」
優しく問えば、高杉は黙って目を逸らした。
「俺はお前に…高杉に触りたいよ」
「銀八…」
ゆっくりと顔を近付け、額と額を併せる。それから覗き込むようにして「キスしていいか?と」訊ねた。
高杉は何も言わず恥ずかしそうに目を閉じた。それを肯定の言葉と受け取り、ゆっくり唇を重ねる。
触れただけの唇は柔らかく、熱かった。
一旦離れると、高杉が赤くなった顔で銀八を見上げてきた。
それに微笑むと、また強く口付ける。
「はあ…銀八……」
溜まらず腰に回していた手に力を込めた時、突然勢いよくドアが開いた。
「晋ちゃん!先生はいらして…っ」
「――ッ!!」
数秒間の間の後、どちらからともなく割れるような絶叫が響き渡った。
学校の屋上に初夏の爽やかな風が吹き抜ける。
そこから見える日の沈んだ西の空を、高杉は煙草を吹かしながら虚ろに眺めていた。
ふと、背後からざりっと地面を踏みしめる音に気付いて顔を向ける。
そこにはポケットに手を突っ込んで、煙草を咥えた銀八が立っていた。
「土方は部活に行ったのか?」
「ああ」
短く答えると、高杉は再び手摺に肘を付きまた空を見つめた。
銀八と再会したのはあの中学以来だ。
キス現場を母親に見られてしまい、呆気なく銀八はクビになってしまった。
高校三年に進級した時、新任の銀八と初めて再会して驚いた高杉は、どういう顔をしていいか分からず学校も休みがちになってしまった。
全く学校に来ない高杉を、心配したクラスメートの土方が救いの手を差し出してくれた。
それからは授業も真面目に受けるようになったし、土方とは放課後のヤニ仲間として仲良くしている。
「そろばん、まだやってんのか」
ああ、と素っ気無く答える。
お坊ちゃんの高杉は、子供の頃からピアノ、バレエ、バイオリンや水泳等、様々な習い事を強要され通わされたが、結局最後まで残ったのはそろばん教室だけだった。残った理由はただ一つ。塾長の先生をどこまでも尊敬していたからである。
「今も相変わらず松陽先生にご執心なの?」
「当たり前だろ。先生より偉大な人は後にも先にも存在しねえ」
そうか、と笑いながら銀八が高杉の隣に並び、同じように空を眺めた。
「…悪かったな」
突然謝られて、高杉が驚いて顔を上げる。
「ずっとお前に謝りたかった。偶然でも再会出来て良かったよ」
「…本当に偶然かよ」
あ、バレた?と銀八は苦笑を浮かべて頭を掻いた。
「まあ俺の母校だったからっては偶然だけどね。お前を無理矢理クラスに入れたのは確かに俺の意図だけど…」
突然ぷいっと高杉は顔を背けると、煙草を屋上から地面へ投げ捨て踵を返した。
「あっ、おい高杉っ」
「先生」
びくっとして銀八が目を大きく見開く。
銀八に振り返った高杉は、口の端を吊り上げて笑うとゆっくり言葉を紡いだ。
「悪かったと思うんなら、生徒の恋路を邪魔すんなよ」
「え?」
「俺は今恋をしている。てめえの存在なんか眼中にないくらいにな」
暫くぽかんとしていた銀八だが、後には肩を揺らせて笑い始めた。
「それはどうかなぁ…不純同性交際を認めるのは教師として…」
「土方は諦めねえ」
「そうか。まあ頑張れよ」
銀八の言葉を最後に、高杉は身を翻して屋上を出て行った。
「相変わらず可愛くなんだから…。いや、可愛いか」
自分で呟きながらまた笑いが込み上げる。
西の空には薄い月が浮かんでいる。紺色の空はもうすぐ深い黒へと変わるだろう。
短くなった煙草を最後に一口吸い込み、銀八は目を細めて小さく笑った。【終】
あとがき
中学生高杉と、まだ教師になっていない銀八の過去話でした。
この二人に恋心があったかと問われれば、まだ自分の気持ちを確認する前に分かれてしまったと言うのが正しいでしょうね。
それでも、高杉の最初の相手は銀八先生だったんですね。悪い先生です(笑)
3Z設定、また懲りずに書き続けたいと思います♪
ここまで読んで下さりありがとうございました!(^_^)
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