Trick and Treat(1)


                           高杉×土方



「晋助様ああ!!」

 
 体育館裏にあるプレハブ小屋に、ドアを開く音と同時、木島また子の奇声が響き渡った。


「また子殿、騒々しいでござるよ」


 張り詰めた空気の中、また子は河上万斉の声を無視して奥のソファに座っている人物に目を向けると、一旦冷静さを取り戻すように息を整えた。


「ま、また果たし状が来たって本当っすか?」


 また子の声に、それまで微動だにしなかった男、高杉晋助がゆるりと隻眼を見開く。


 その目は今まで見たことがないほどに怒りに満ちていて、思わずまた子は息を呑み竦み上が
った。


「…相手は夜兎工総番の神威。再び宣戦布告ってところでしょうか」


 無言を通したままの高杉に変わり、武市変平太が説明を加える。


 夜兎工とは先日やり合ったばかりで、その時は結局お人よしの教師によってうやむやに終結してしまった。

そしてあれから一ヶ月。何の動きもなかった夜兎工業高校から再びまた果たし状が送りつけられてきた。

今度こそ決着をつけようという内容だと踏んでいたが、その中身は高杉たちの想像を遥かに超える珍妙な挑戦状だった。

 

『高杉晋助へ

好きです。付き合え♥

夜兎工業高校 神威』

 


 その文面を見た途端、また子は自分の目を疑った。


「な…なんスかこれ…」


「果たし状と言うより、ラブレターのようでござるが…」


「晋ちゃぁん…」


 高杉一派としては今までにないほどの侮蔑、屈辱である。


 周りを取り囲んでいた万斉、また子、武市、似蔵が苦渋の面持ちで沈黙している高杉に注目
した。


「…向こうがそう来たなら考えがある」


 メンバーが一斉に目を見開いた。


「今度こそ決着つけようじゃねえか神威ィ…」


 久しぶりに見る高杉の威圧感と殺気に、周りにいた人間誰もが戦慄し、震え上がった。




 




 

本日最後のチャイムが校舎に鳴り響いた。


 一斉に席を立ち、雑談を交えながら友達と帰り支度を始めるいつもの風景。


 だがいつもは剣道部に直行する三人の男子生徒が、今日は教室に残ったままガタガタと机を寄せて椅子に座り直している。

その理由を知っているクラスメートたちは、我関せずとばかりに鞄を持っていそいそと教室を後にした。

やがて人のいなくなった教室に残されたのは、風紀委員長の近藤勲、副委員長の土方十四郎、幹部の沖田総悟だった。

今日は月に一度行われる風紀委員会の報告会議なのだ。


「さて、月番会議の時間だ。トシ、総悟。まず先月の違反者の報告を聞こう」


 はい、と副委員長の土方が書類を取り出しパラリと一枚捲った。


「えー…鬱陶しい梅雨が明け、いよいよ夏がやってきた。」


 うんうん、と近藤が土方の作文じみた報告書に耳を傾ける。


「夏は良い。冷やし中華にかけるマヨは絶品だ。」


「委員長。俺気持ち悪くなってきちゃいやした」


「うむ。トシ、そろそろ本題に入ってくれ」


 沖田の抗議にガンを飛ばし、土方はコホンとひとつ咳払いすると「違反者はいません」と付
け加える。


「結局怠けてたってことじゃないですか」


「総悟。犯罪は少ないほど良いに超したことはない」


 やれやれ、と言いながら幹部の沖田も報告書を手にする。


「俺が捕まえた違反者は三人。トイレを流さなかった奴、早弁した奴、ジャンプを貸し借りしている教師です」


「小さっ! テメエも似たようなもんじゃねえか!」


「総悟。教師は捕まえてはいかん。敢えて名前は言わんが担任と痔持ち教師は見逃してやれ。俺たちの内申書に響く」


 結局言ってるじゃねえかと土方は内心で突っ込みを入れる。


「しかしあれだな、この前の夜兎工との抗争以来かなり違反者が減ったな」


「中途半端なまま終わっちまいましたし、目立ちすぎると因縁つけられるのを恐れてのことか、服装違反もかなり減りやしたねィ」


「まあ近藤さんの言うとおり、違反者が減った事は良い事だ」


 その通り!と近藤は豪快に笑うと、嬉々として椅子を引き立ち上がった。


「では今回の会議はこれにてお開きにしよう! このまま今月も平和に過ぎることを祈って! 
だが見回りだけは今後もしっかり頼むぞ」


 はーいと間延びした返答をする沖田。そして土方は「さて部活行くか」と小さく笑んで立ち上がり机を直し始めた。


 その時、突然がらりと教室のドアが開いた。


 驚いて目を向けた三人の前に、予想だにしなかった連中の姿が飛び込んできた。


 学園最強で最凶のヤンキーと言われる高杉晋助。


 その後ろに二人の取り巻きが控えていた。

これまで和やかだった場が一瞬にして緊迫感を孕み、空気が変わる。


「…何だテメー等」


 最初に口を開いたのは土方の凄んだ声だった。


「会議は終わったかい。風紀委員の皆さんよ」


 低く響いた高杉の声は、決して大きくなくとも十分な威圧感があった。


「委員長。早速違反者見つけましたぜィ。ションベン頭の女子生徒」


「誰がションベン頭っスか! ウンコ頭に言われたくないっス!」


 思わず声を荒げたまた子を、高杉が目だけで制した。


 やがてパタンと万斉が引き戸を閉めると、いよいよ高杉一派の三人が教室の中央へと足を踏み入れてきた。


「まァそう目くじら立てんなよ。今日は喧嘩しに来たわけじゃねえ。協力願いに来たんだ」


「協力…?」


 近藤が眉根を顰めて高杉を凝視する。


 ああ、と言いながら高杉が一番前の机の上に座り行儀悪く片足を乗っけた。


「土方。お前にな」


「あ?」


 突然名指しされ、土方が驚く横で近藤と沖田も揃って目を剥いた。


「実は先日、対峙した夜兎工からまた果たし状が送られて来てなァ」


「何?」


 一斉に風紀委員三人の顔色が変わる。


「しかし、その内容というのが前とは少々違っていて、拙者らも如何せん困惑しているのでござる」


 高杉に変わり万斉が補足を加えた。


「前とは違うってどういう事だ」


「前回は正真正銘の果たし状だったが、今回はどうも意味合いが違う。だがそれが奴等の思惑かどうか検討もつかないのでござる」


 高杉がまた子に一瞥し、何か指示を出した。


 また子は制服のポケットから一枚の紙切れを出すと、証拠だとばかりにそれを突きつけた。


 黙って受け取った土方が、折り畳まれていたそれを広げて見る。その両脇から近藤と沖田も身を乗り出して文面に注目した。


「…なんだこれは」


「果たし状らしいが」


 万斉の言葉に、「こんな果たし状があるかァ!」と思わず土方が突っ込んだ。


「だから言ったでござろう。この意味が拙者等も皆目検討つかないと」


「最近の果たし状ってのはラブレターもどきになってるんですかねィ」


「いや、これどう見てもラブレターでしょ! はしたないっ!」


「近藤さんだって散々ラブレター書いて破られてるじゃないですか」


「中身も確認せずに破られてるのはラブレターとは言わないのっ!」


 号泣し始めたゴリラをそのままに、また子が思い返したように怒鳴った。


「私たちはナメられてるんスよ! こんな屈辱は初めてっス! 大体男のくせに晋助様に告るなんて…また子は変な興奮が止まらないっス!」


「変な興奮ってなんでィ。ションベン頭」


 また喧嘩腰になった二人を差し置いて、土方は高杉に問いかける。


「それで、お前の言う協力ってどういう事だ?」


 それまで黙っていた高杉が口許に笑みを浮かべ、土方を直視して言った。


「俺の恋人になれ」


「……は?」


 大騒ぎだった教室が一瞬にして静まり返る。


「な……え…? 恋…え…?」


 混乱で上手く言葉にならず、動揺する土方は何度も何度も瞬きを繰り返す。


「し、晋助。本気でござるか」


 どうやら後ろの二人もその事を聞いていなかったようで、高杉に問い詰めるように群がってきた。


「まあ待て。これはあくまで演技だ。向こうが冷やかしに来たってんなら、こっちも冷やかしで対抗するしかあるめェ」


「演技力ならまた子も負けないっス! 私を使って下さいっ!」


「いいや拙者が晋助の恋人になるでござる! 演技ではなく本気でござる!」


 此方側でも火花を散らし始めた部下を無視して、再び高杉は土方を見据える。


 目が合ったと同時、土方の顔が訳も分からず真っ赤に染まった。


「お前は無言で俺の横に立っていれば良い。なに、ちょいとあちらさんの度肝を抜いてやるだけさ。喧嘩でないなら俺も穏便に片をつけたいと思っている。風紀委員のおめーらだって平和に事を済ませたいだろう?」


「な、なんで俺なんだよ」


 全員が疑問に思っていたことを口にする。


 鼻で笑った高杉は「一番無難だろう」とさも当たり前のように言い放った。


「また子、お前は女だ。今回向こうは男の俺に告っている。だったら男は男で対抗した方がいい。分かるな?」


 高杉に微笑まれ、ぽわんと目をハートにしたまた子は素直に頷いていた。


「万斉。お前は俺相手だと完全なる攻めだと思われがちだ。だから却下だ」


 まだ何か募ろうとする万斉の声を制し、高杉は続けた。


「今回は俺が攻め側の人間だと思わせることが必要だ。だから今回は手を引いてくれ」


 万斉はくっと少し悔しげに唇を噛むと、諦めたように後ろに引っ込んだ。


 何だか腑に落ちない土方は、少し苛立たしげに声を荒げる。


「だ、だったらウチの総悟でもいいじゃねえか。俺より奴のが可愛い系だし見た目受けっぽいぞ」


 土方が言うと、高杉は緩く首を振った。


「沖田は見た目はあれでもそのドSっぷりは隠せねえ。向こうも素人じゃねえ。一目見てバレる場合を想定しての選択だ」


 なんで向こうはプロ扱いになってるんだよと心中で突っ込む土方に対し、沖田は「アンタもやるじゃねえか」とヤンキーのような賞賛を送っている。


「ま、待ってくれっ! じゃあトシではなく俺を使ってくれっ!」


 突然大声を張り上げたのは委員長の近藤だった。

驚いた土方が振り返る。


「俺はどちらかと言えばMだ! そこのトシよりド
Mであるという自覚はあるっ! だったら、トシではなく俺を恋人にしてくれっ!」


「こ、近藤さんっ……俺、
Mだったの?」


 土方の一瞬の感激はすぐに現実の質問へとすり返られた。


「残念だが近藤。俺はゴリラはタイプじゃない」


「誰がゴリラだウホーッ!!」


 ゴリラのように暴れ始めた近藤を宥めつつ、土方は数秒黙り込んだ後、意を決したように高杉と向かい合った。


「…俺はいるだけでいいんだな?」


「ああ」


「俺がいる間、喧嘩はしないと誓え」


「勿論だ」


 にやりと笑った高杉に、土方は挑むように目を吊り上げた。


「よし、分かった」


 途端、室内の空気が固まった。


「ト、トシ」


「大丈夫だ、近藤さん。これは所謂立会人だ。これで夜兎工が大人しくなってくれるなら俺は恋人のふりだろうと何だろうとやってやる」


「でもこいつ等の策略かもしれやせんぜ」


 目を据わらせた沖田が高杉に向けて顎をしゃくる。


 ふんと鼻を鳴らし、高杉は風紀委員三人に向けて言い放った。


「今回は休戦と行こうぜ。俺だって祭りは派手にやりてえ。陰険な策略なんぞ主義じゃねえよ」


 教室が水を打ったように静まり返った。


 誰もが相手の腹を探るようにガンを飛ばし合い、険悪な空気が教室を満たした。


 そんな中、突然がらりと音を立てて人が入ってきた。

全員が驚きドアに振り返る。


 現れたのは
3年Z組担任教師、坂田銀八であった。


「あれーお前等まだいたの?」


 間の抜けた声に緊迫感が一気に吹き飛び、全員が肩を落とした。


「…なんでもねえよ」


 そう言って、高杉が徐にズボンのポケットから携帯電話を取り出した。


「土方、電話番号教えろよ」


「…おう」


 土方も携帯を取り出すと高杉に近寄り赤外線通信の準備を始める。


「ふーん…お前等あんなに仲悪かったくせにどういう風の吹き回し?」


「敵でも新年の挨拶くらいはするでござるよ」


「いたずら電話する時は履歴が出ないように工夫して下せェよ」


 にやりと互いに笑い合う万斉と沖田の横では、また子と近藤が強張った顔で無理矢理笑っていた。


「お前が受けろよ、受けなんだから」


「受けってなんだよ! 俺のケータイ変えたばっかで送信しか見付からねーよ」


 高杉と土方の意味不明なやり取りを聞き流しながら、銀八は興味なさげに癖毛の頭を掻くと「早く帰れよー」と言い残し教室を出て行った。



 




 

「夜兎工の使いの者から例の件の返事を聞きたいと日時場所を指定されました」


 翌日、武市の報告を前に高杉を含むメンバー全員が緊張の面持ちで聞き耳を立てた。


「日時は来週の月曜日。午後四時に○○河の鉄橋下でとのことです」


「…随分ごゆっくりでござるな」


「ええ。何でも神威氏の担任がア○ランスの日らしく、その日なら邪魔が入らないからと…」


 ふんと鼻で笑い、高杉はソファの上で踏ん反り返った。


「晋ちゃああぁん」


 似蔵の心配そうな声が上がる中、突然高杉がすっと立ち上がった。


「そろばん塾の時間だ。帰る」


 見向きもせずに去って行った高杉の後ろ姿を止める者はいなかった。

 




 剣道部の部室では相変わらず竹刀が弾ける音と、打ち込みの床鳴りが激しく飛び交っている。


「オラァ!気合入れろ!」


 土方の怒号の前に、部員たちが大声で答えながら竹刀を振り被った。


 腕を組み、険しい顔つきでその風景を睨みつけていると、背後から少し怯えたように自分を呼ぶ一年生部員の声が聞こえてきた。


「ひ、土方副部長。あの…」


「なんだ?」


「お客さん…?が…」


 言い難そうにしている部員の背中越しにその人物を見遣った途端、土方は驚いて目を見開いた。


「た、高杉?」


「よォ、土方」


 笑顔を浮かべて手招きしている様は、ただの恐喝屋にしか見えない。


「て、てめっ、何しにきやがった!」


 土方は慌てて高杉の元に走ると小声で怒鳴りつけながら無理やり道場の外へと連れ出した。


「痛えな。お前と帰ろうと思って迎えに来たんだろ」


「何でお前と帰らないとならねーんだ!」


「だって俺たち恋人同士だし」


「誰が恋…ッ!!」


 思わず大声を出しそうになって慌てて口を抑える。


「と、ともかく。それはあくまで芝居だろうが。果し合いの場だけそういう振りしてれば…」


「そうそう。その果し合いの日取りが決まった」


 え、と土方は口を閉ざして高杉に話の続きを促した。


「来週の月曜だそうだ。午後四時に○○河の鉄橋下」


「来週か…。俺は明日にでもかと…」


 こんなことを早く終わらせたい土方は思いの外ゆとりのある日時に少し拍子抜けする。


「今日は水曜だし、まァゆっくり恋人ごっこを楽しもうぜ」


「だ、だからそんなものは…」


「ちょっといいですかィ」


 突然背後から降って来た声に振り返ると、胴着姿の沖田がのんびりとした足取りで歩み寄ってきた。


「てめっ総悟! 練習サボって何処に行ってやがった!」


「話は聞きましたぜ。高杉、アンタ土方さんと付き合ってるって本当かい」


 はあっ?!と顔を露骨に歪ませた土方をそっちのけで、沖田は高杉を凝視する。


「はは…。バレちまったんじゃ仕方ねェ」


「何言ってんだテメー等!!」


 元々芝居だって知っててなんだその脚本みたいな演技は!


「そうかィ。なかなかやるじゃねーか。土方さんを落とすなんざ」


「まあ苦労したがな」


 おいー!頼むからその恥ずかしいドラマ脚本やめてくれ!


「土方さんはなかなか身持ち堅いぜ。ベッドまで誘うのは至難の業だ」


「ほう。それってアンタも経験済みってことかい?」


「はは…そう聞こえたんならそうなんだろうな」


 ベタなセリフを言い合いながら静かな火花を散らし始める二人に、もはや土方は呆れを通り越して青褪める。


「まあ選ぶのは土方さんだ。俺と別れたことを悔やむか、アンタに溺れるか…」


「お…俺はお前と付き合った覚えもないし、テメーとも来週の月曜までだ!!」


 溜まらず涙目になった土方が二人を指差し怒鳴り散らした。


 途端、双方が目を据わらせ振り返る。

 土方はびくっと肩を竦ませた。

すると二人が土方に近付き、ぽんと肩に手を置いて両耳元で囁いた。


「「俺がイイよなァ、土方」」


「――――!!!」


 その後、蒼白し硬直したまま動かなくなった土方を高杉が引き摺るように連れて行った。

 







 結局、高杉の強引な手引きに負け、土方は部活動を早退する羽目になった。


 早退を申し出た時、止めて欲しかったはずの近藤には「校内の平和のためだ。今の銀魂高はお前にかかっている」と的外れなことを言われ、完全に役に入ってる沖田には「土方さんは結局俺の元に帰るんですよ」と意味不明なことを言われ、他の部員は鬼の副主将が珍しく不在になるのを心なしかとても歓喜していたように見えた。


 なんだか寂しく思いながらとぼとぼと土方は高杉の後ろを付いて行く。


 帰り道でもあるこの商店街をこんな日の高い時刻に歩いているのは久しぶりだ。


 商店街は夕食の材料を買い漁る奥様たちや、安いよと呼びかける店員の声、駄菓子屋に向かって走る子供たちで溢れかえっている。


 何故こんなことになってしまったのか。


 土方は高杉の背中を睨みつけながら歯軋りした。


 大体、昨日まで敵だったはずの不良少年となんで俺はこうやって歩いているんだ。


「おい」


 突然に振り返った高杉が声をかけてきた。


 驚いた土方が立ち止まり顔を上げると、高杉がゲームセンターを指差した。


「入るぞ」


「はあっ?!」


 嫌がる土方を無理矢理引き摺り、高杉はゲーセンに足を踏み入れた。


 中は騒がしい騒音で溢れかえっている。


 勿論自分らと同じ若い学生もちらほらといるが、意外に競馬ゲームやメダルゲームなどに夢中になっている高齢者の客が多いのにも驚いた。


 少し見ない間に客層も変わるものだと物珍しく見物していると、少し前を歩いていた高杉が土方の名を呼んだ。


「これ、やろうぜ」


 高杉が指差した遊具機体に唖然とする。


「これプリクラじゃねえか…」


 青褪めて顔を引き攣らせている土方を強引に暖簾の中に引き入れると、高杉はさっさと小銭を突っ込んで撮影の準備を始めた。


「じょ、冗談じゃねえぞ! なにが悲しくて男二人でプリクラなんぞ撮らなきゃいけねーんだ!」


「恋人なら普通だろ」


「だから! 誰がいつお前と恋…び…」


 土方の語尾は途中で力を失ってゆく。


 高杉が備え付けのペンで書き始めた言葉に絶句したのだ。


『ぼくたち ラブラブ』


「やめろーッ!!」


 真っ赤になって絶叫した土方を無視して、高杉はエフェクト効果のスタンプなど色んな機能を持ち出しては勝手にデコレーションを楽しみ始めた。


「冗談じゃねえ! 俺は帰るからな!」


 捕まえられた腕を引き剥がそうと土方は狭い箱の中で暴れまくった。


「まあ待てよ。これは証拠写真だ」


「あ?」


 思わぬ言葉に一瞬抗うことをやめてしまう。


「神威に証拠見せろって言われたらこれを突きつければ良い。所謂アリバイ工作だ」


「……」


 なるほど。こいつも何も考えてないようで意外に策士だな、と土方は変に感心してしまった。


「ほら、ちゃんと笑えよ」


「う、うるせーな」


 やがて、土方の肩を抱いてにっこりと笑っている高杉と恥ずかしそうに目線を反らしている男二人のプリクラが出来上がった。


 その後、律儀に備え付けのハサミでシールを切り取った高杉は、嫌がる土方に無理矢理その半分を手渡した。


「あ、もうこんな時間か。じゃあ俺そろばん塾あるから帰る」


「えっ」


 驚く土方を余所に、高杉はゲーセンの出入り口で土方に「また明日」と言い残しさっさと帰ってしまった。

 一人ぽつんと取り残された土方は、自分の手に握り締めていたプリクラを見て何とも言えない気持ちで深く溜息を吐き出した。


                  
                                     続く




あとがき

小説冷血硬派高杉くんのなんちゃって後日談として書きました。ちょっと長くなりそうなので(くだらない横話が多いせい)続くとなりましたが、出来るだけ短くまとめたいと思います。なんだかんだで高杉に従ってしまっている土方が好きです。次こそエロに行けるかな?(笑)タイトルの「Trick and Treat」は初音ミクより。



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